今回ご紹介するお品物は、山梨県にお住まいのお客様から買取させていただいた森田茂の絵画《三津よりの富士》です。保存状態は良好でダメージが少なく、目立った傷みや汚れがない美品でしたので、高価買取することができました。
☆森田茂とは
1907年(明治40年)に茨城県真壁郡に生まれた森田茂は、昭和初期から平成にかけて活躍した洋画家です。
中学校を卒業し茨城県師範学校に入学したころから油彩画を描き始め、師範学校を卒業したあとは小学校の教員になりました。教員として子供たちに絵画を教えるかたわら自らの作品をコンクールに応募し、1926年に第3回白牙会展に「静物」で初入選を果たします。多くの展覧会に作品を出品する中で熊岡美彦の作品に出会い感銘を受け、熊岡の勧めもあって1928年には小学校を退職し画家を目指して上京しました。1931年には熊岡が設立した熊岡洋画研究所に入所し、そこで様々な絵画の技法を学びました。その2年後には熊岡らによって設立された東光会の展覧会に「白衣」で入賞を果たし、それからも精力的にコンクールや展覧会に作品を出品しています。
初期の作品は「少年」「神楽獅子の親子」、あるいは「阿波人形」などに代表されるように人物や人形の絵が多いですが、50代のころエジプト、フランス、イタリア、スペインなどを訪れた後から風景画も手がけるようになります。特にエジプトの歴史や文化、自然に興味を持ち、「ロバに乗るエヂプト人」「ラクダと人」といった作品を発表しました。50代後半には東南アジアを周遊し、「バンコックの寺院と僧」、「バンコックの僧達」などを展覧会に出品しました。
自身の様々な経験を基に絵画の題材を選んできた森田茂ですが、60歳を目前にした1966年に山形県で初めて目にした黒川能にひどく心を揺さぶられます。農民の祭りと一体化した郷土芸能に感銘を受け、同年に展覧会にて「黒川能」を発表し文化大臣賞を受賞しました。それ以降、黒川能を描き続けることを自らのライフワークとし、数多くの作品を残しました。このシリーズでは日本芸術院賞を受賞し、日本美術界での功績が認められています。
彼の描く絵は絵具をそのままこすりつけたような力強い筆致が特徴で、原色を好んで使用しました。特に「黒川能」のシリーズではモチーフの視覚的な描写はもちろんのこと、その周囲の空気や“場”の力など、絵具を何度も塗り重ねた重厚なマチエールで表現しました。フォービスムのような激しいタッチで、モチーフに込められた思いや情熱を絵画の中で上手く表しています。ゴツゴツとした表面感の中にノスタルジックな色彩感覚を取り入れ、大胆な筆遣いの中に細かな気遣いやモチーフへの尊敬の念を感じさせてくれることが森田茂の最大の魅力でしょう。
☆森田茂の「富士」
今回買取した《三津よりの富士》にも、森田茂の力強い筆遣いが存分に活かされています。彫刻作品かと見紛うほど大きく立体的に盛りだした富士山の稜線。赤色で彩られた富士山は生命力に溢れ、自然の持つパワーや偉大さを感じさせてくれる作品です。単にそこにあるものを描いただけの風景画ではなく、「黒川能」で森田茂が表現したかったモチーフの周りの“雰囲気”や“空気感”といった不可視のものを、彼は「富士」でも表そうとしているのでしょう。見たままを描くよりも一層、日本一の山の雄大な姿を見事に表現していると言えるのではないでしょうか。
☆さいごに
日晃堂では森田茂だけでなく、江戸、明治、大正、昭和から現代にかけての絵画や美術作品を高価買取できます。もし美術品の売却を考えていらっしゃる方がいれば、ぜひ日晃堂にお気軽にお問い合わせください。日晃堂はあらゆる美術作品をどこよりも高価買取する自信があります。