三岸好太郎の買取相場|公開落札記録と妻・節子との見分け方
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実家の片づけや相続の中で見つかった一枚の絵。裏に「三岸」という署名があり、額の裏には古い紙が貼られているものの、何が書いてあるかは読み取れない——そんな状況で「三岸好太郎 買取」と検索し、このページにたどり着いた方も多いのではないでしょうか。
検索すると、買取業者のページがずらりと並びます。ただ、金額が書かれていないページも多く、書かれていても「いつの、どの作品の金額なのか」が分からないことがほとんどです。実際に売却を経験した方の投稿を読むと、「複数社に出張査定を依頼し、相見積もりであることを明言したほうがよい」というアドバイスが見つかります。また別の投稿では、「落札履歴を確認し、量産品か肉筆の一点物かを見極めたうえで売却する」という進め方が紹介されています。
ただ、いざ落札履歴を調べようとすると、多くの方がここで手が止まります。三岸好太郎の落札履歴は、どこを調べてもほとんど出てこないのです。
そこで今回、無料で閲覧できる落札記録を3つの系統(Yahoo!オークション、シンワオークション、SBIアートオークション)から調べ、公開されている一次情報から整理しました。
先にお伝えしておきたいのは、今回の調査が「全件」を網羅したものではないということです。各オークション会社の会員限定アーカイブや、カタログ原本にしか作家名が載っていない記録は、今回の調査範囲には含まれていません。
その上で分かったことをお伝えします。「三岸好太郎の買取相場」として世の中に出回っている金額の多くは、実は三岸好太郎本人の作品のものではありません。妻である三岸節子、あるいは長男・三岸黄太郎の作品の金額であるケースが少なくないのです。
この記事では、
・お手元の作品が三岸好太郎本人のものかどうかを見分ける方法
・公開市場で実際に確認できた金額
・売却前に確認しておきたいポイント
の3点を、出典と基準日を明記した上でご紹介します。
目次
まず確認|その作品は三岸好太郎のものですか
(妻・節子、長男・黄太郎との見分け方)
「三岸」という署名の画家は、3人います。制作年が1934年より後であれば、その作品は三岸好太郎のものではありません。
三岸姓の画家は3人います
| 画家 | 生没年 | 続柄 | 主な画題の傾向 |
|---|---|---|---|
| 三岸好太郎 | 1903年–1934年 | 本人 | 道化、少女、蝶、貝殻。晩年は前衛的な作風 |
| 三岸節子 | 1905年–1999年 | 好太郎の妻 | 花を主題にした作品が知られています |
| 三岸黄太郎 | 1930年–2009年 | 好太郎・節子の長男 | 風景、静物 |
生没年の出典[11]、2026年8月24日確認
三岸好太郎は1903年に札幌で生まれ、1934年に旅行先の名古屋で急死しました。画家として活動した期間は、上京した1921年からの約13年間です。
判定線は2本引けます
手元の作品に制作年が記されている場合、判定は制作年だけで進みます。年号と3人の生没年を重ねると、除外できる相手が2方向に決まります。
| 作品に記された制作年 | 除外できる画家 | 理由 |
|---|---|---|
| 1935年(昭和10年)以降 | 三岸好太郎ではありません | 三岸好太郎は1934年に没しています |
| 1934年(昭和9年)以前 | 三岸黄太郎ではありません | 三岸黄太郎は1930年生まれで、1934年時点で4歳です |
| 1935年以降 | 三岸節子・三岸黄太郎のいずれかが残ります | 節子は1999年まで、黄太郎は2009年まで制作しています |
年号が「昭和」表記の場合、昭和9年が1934年にあたります。昭和10年以降の表記があれば、三岸好太郎の作品ではありません。
3人はローマ字表記が重なる場合があります
三岸好太郎と三岸黄太郎は、どちらも読みが「みぎし こうたろう」です。国立新美術館の展覧会情報データベースでも、長男は「三岸黄太郎(みぎしこうたろう、1930-2009)」と記載されています(出典[11])。
このため、ローマ字表記を使う海外の美術市場データベースでは、父と長男の記録が同じ作家ページにまとめられている場合があります。海外の美術市場データベースartnetの「Kotaro Migishi」作家ページにも、三岸好太郎の没年より後の制作年を持つ作品(例:Still Life, 1962)が含まれていました(出典[8])。海外サイトで「Kotaro Migishi」の落札記録を見る場合は、制作年と落札年の両方を確認してください。
制作年の記載がない場合は、画題を手がかりにします。花を単独で大きく描いた油彩は、三岸節子の作品として市場に出ている点数が多い画題です。実際、Yahoo!オークションで「三岸好太郎」と検索して最も高い金額で落札されていた604,000円の作品は、三岸節子の「花」(4号)でした(2026年8月24日時点、出典[2])。
検索結果にも取り違えが起きています
これは市場だけの話ではありません。「三岸好太郎 買取」で検索した際の6位に表示されるページは、三岸節子の買取相場を扱った記事です(2026年8月時点の実測)。表を8個、金額の記載を11箇所持つ、相場情報としては上位10ページで最も充実したページですが、書かれている金額は妻・節子の作品のものです。
三岸好太郎を調べているつもりで節子の相場を読み、その金額を期待値のまま査定に臨む方がいます。この経路をたどると、期待していた金額と実際の査定額が食い違います。
3秒で自己判定するフロー
確定には鑑定が必要です
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署名の字形だけで作者を断定することは、査定の現場では行いません。同じ姓の画家が家族に複数いる場合、署名の一部が似ることがあり、写真だけの判断では限界があります。制作年の記載、画題、支持体(キャンバスか板か紙か)、額の裏に貼られた紙片やシールの有無まで見て、はじめて候補が絞れます。
三岸節子の作品をお持ちの可能性がある場合は、妻・三岸節子の作品をお持ちの方はこちらで個別にご確認ください。
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三岸好太郎(みぎしこうたろう)1903年–1934年
三岸好太郎は大正から昭和初期にかけて活躍した、北海道出身の洋画家です。
同じく洋画家であり、女流画家協会の発起人でもある三岸節子(旧姓・吉田)を妻に持ちます。妻・節子の作品との見分け方はこちら
妻・節子が”努力の人”だったのに対し、三岸はもとより画才に恵まれた人物でした。学生の頃からすでに画家の片鱗を示しており、上京後は次々と輝かしい功績を上げていきます。
しかしその画家人生は長く続かず、31歳という若さでこの世を去りました。
そんな三岸は、短い画家人生の中で何回も作風を変化させています。当初は”素朴派”のフランス画家アンリ・ルソーに近い作風で描き、その後、洋画家・岸田劉生の影響を受けてオリエンタリズム(東洋趣味)に走りました。また、妻・節子との中国旅行を終えたあとはエキゾチックな作品を手がけ、独立美術協会結成後は”野獣派”の影響を強く受けています。そして、晩年は巴里・東京新興美術同盟展の出展作品に感化され、前衛主義に近い作風で描きました。
才能に恵まれつつも早逝した天才画家
三岸好太郎は1903年、札幌市に生まれました。札幌第一中学校在学中に油絵に興味を持ち、美術クラブに入会。図画教師をしていた林竹治郎から絵画の基礎を学びます。この頃から札幌市初の公募展・北斗雅会美術展への入選を果たしており、類まれなる画才を示しました。
そして1921年、本格的に画家を目指すべく上京します。その後、三岸は1923年、1924年と2年連続で春陽展に入選します。特に1924年の出品作品「兄及ビ彼ノ長女」は、春陽会賞を主席で受賞。わずか20歳で日本洋画界にその名を轟かせました。
またこの頃、プライベートでは妻・節子と結婚し、互いに支え合いつつ切磋琢磨します。そして1930年、高畠達四郎や福沢一郎といった洋画家たちと独立美術協会を結成し、新たな近代美術の確立を目指しました。
しかしその4年後、旅行先の名古屋で胃潰瘍を患い、そのまま急死。31歳という若さで人生の幕を閉じました。
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簡単WEB査定三岸好太郎の代表作
「マリオネット」
暗く沈んだ背景の中、行く手を阻むかのように四肢を広げて立つマリオネットが描かれた作品です。小さな道化の人形をモデルにしたという本作品ですが、そうとは思えないほどの存在感、迫力感を放っています。
「赤い肩かけの婦人像」
妻・節子をモデルにした作品であり、三岸の作品の中でも特に写実性に優れた秀作です。繊細なタッチで肩かけの質感を表現している点、陰影法によって顔の肉付きや立体感を表現している点が特徴。三岸の作品としては異色の画風で描かれています。
そのほか、「檸檬を持てる少女」「少年道化」などが代表作として知られています。
現存する作品と、その所蔵先
三岸好太郎が画家として活動した期間は約13年間です。その間に描かれた作品のうち、まとまった点数を所蔵しているのが、札幌にある北海道立三岸好太郎美術館です。
同館の所蔵作品は258点で、内訳は油彩88点、水彩素描160点、版画10点です(2021年7月現在、出典[1])。同館は1983年に現在地へ新設されており、設立の契機は遺族から寄贈された三岸好太郎の作品220点でした(出典[3])。
ここで注目すべきは技法ごとの点数差です。油彩88点に対し、水彩素描は160点と約1.8倍あります。ただし、この数字の読み方には注意が必要です。258点はあくまで同館1館の所蔵点数であり、三岸好太郎の作品が世の中に何点現存するかを示すものではありません。 「油彩がもともと少ない」「相当数が公立館に収蔵されている」と判断できる公開データは、今回の調査では確認できませんでした(N/A・取得不可)。実際、海外の美術市場データベースartnetに公開されている三岸好太郎名義の落札記録40件のうち、32件は絵画(Paintings)に分類されています(2026年8月24日確認、出典[8])。油彩が市場に出ないわけではありません。
| 作品名 | 制作年 | 技法 | 所蔵先 |
|---|---|---|---|
| 檸檬持てる少女 | 1923年(大正12) | 油彩・ボール紙 | 北海道立三岸好太郎美術館 |
| 兄及ビ彼ノ長女 | 1924年(大正13) | 油彩・キャンバス | 北海道立三岸好太郎美術館 |
| 道化役者 | 1932年(昭和7) | 油彩・キャンバス | 北海道立三岸好太郎美術館 |
| オーケストラ | 1933年(昭和8) | 油彩・キャンバス | 北海道立三岸好太郎美術館 |
| 飛ぶ蝶 | 1934年(昭和9) | 油彩・合板 | 北海道立三岸好太郎美術館 |
| のんびり貝 | 1934年(昭和9) | 油彩・キャンバス | 北海道立三岸好太郎美術館 |
| 海と射光 | 1934年 | 水彩、インク、紙 | 神奈川県立近代美術館 |
| 雲の上を飛ぶ蝶 | 1934年(昭和9) | 油彩・キャンバス | 東京国立近代美術館 |
| 少年道化 | 1932年(昭和7)頃 | ― | ポーラ美術館 |
出典[1][4][7][10]、2026年8月24日確認
なお「海と射光」については、注意が必要な点があります。この作品は単独の一点ものではありません。1934年の手彩色素描集『蝶と貝殻』に含まれる図であり、神奈川県立近代美術館(水彩、インク、紙)と京都国立近代美術館(印刷、手彩色・紙)に、それぞれ別個体が所蔵されています(出典[4][7])。同じ図柄の作品が複数存在するため、「海と射光」という題だけで一点ものと判断することはできません。
筆彩素描集『蝶と貝殻』は限定100部です
「海と射光」を含む素描集『蝶と貝殻』の刊行条件は、文化遺産オンラインに次のとおり記載されています(出典[4]、2026年8月24日確認)。部数は希少性を判断する材料そのものですので、版画・素描をお持ちの方は必ず確認してください。
| 正式名称 | 筆彩素描集『蝶と貝殻』 |
|---|---|
| 刊行年 | 1934年(昭和9年) |
| 限定部数 | 100部(予約注文制) |
| 技法 | 印刷(凸版墨刷)・手彩色(水彩、グワッシュ)・紙 |
| 寸法 | 縦30.2×横22.8cm(スプリング製本) |
| 構成 | 全15葉(画10点、表紙、中表紙、扉、序文、裏表紙) |
| 装丁 | 三岸好太郎 |
| 限定番号 | 各冊に付されています(北海道立三岸好太郎美術館所蔵本は第0065番) |
収録されている10図は「蛾」「旅愁」「ヴィーナスと蝶」「貝殻」「雲の上の蛾」「海洋を渡る蝶」「海と射光」「ヒマラヤ杉と蝶」「蝶と蛾」「花と蝶」です(出典[4])。
ここで、査定の場で問題になりやすい点が2つあります。1つ目は、「貝殻」という題がこの10図に含まれていることです。「貝殻」という題だけでは、1934年の油彩、この素描集の1図、後年の版画のいずれを指すのかが決まりません。2つ目は、手彩色が1点ずつ手作業で施されていることです。彩色は三岸好太郎と節子夫人の手によるもので、同じ図柄でも冊ごとに調子が異なると記載されています(出典[4])。同じ図柄の別個体と比べて色味が違っても、それだけで真贋の判断材料にはなりません。
なお「海と射光」には、同名で100号の油彩(福岡市美術館蔵、第4回独立展出品)も存在します(出典[4])。同じ題名で、技法も寸法も所蔵先も異なる作品が並存している状態です。
三岸好太郎のアトリエは現存し、登録有形文化財です
| 名称 | 三岸家住宅アトリエ(みぎしけじゅうたくあとりえ) |
|---|---|
| 所在地 | 東京都中野区上鷺宮2-407 |
| 建築年 | 1934年(昭和9年)、1958年改修 |
| 構造 | 木造2階建及びコンクリートブロック造平屋建、スレート葺、建築面積88㎡、1棟 |
| 登録 | 登録有形文化財(建造物)、2014年10月7日登録 |
文化遺産オンラインの解説では「画家三岸好太郎・節子夫妻のアトリエ」とされ、都内でも希少な戦前の木造モダニズム建築と説明されています(出典[4])。アトリエや旧蔵者との関係を示す資料(旧蔵者名の入った書付、展覧会の出品票、当時の写真など)が作品に付属している場合は、査定の際に一緒にご提示ください。なお、アトリエが文化財であることは、そこにあった作品の真贋を保証するものではありません。
代表作と構図がよく似た作品をお持ち込みいただくことがあります。図録に載っている作品を手本にした習作や、後年に別の描き手が模した作品が含まれる場合があるためです。代表作と似ているという点は、それ自体では価値を保証しません。むしろ、有名な構図であるほど模作が生まれやすいという事情があります。
三岸好太郎の買取価格|無料で閲覧できる
落札記録を3系統たどった結果
こちらで掲載している価格はオークションなどを元にした価格であり、実際の買取価格とは異なる場合がございます。あらかじめご了承いただきますようお願いいたします。
公開情報から確認できた三岸好太郎名義の落札実額は、Yahoo!オークションで落札された版画1点の50,000円です(2026年8月24日時点、出典[2])。油彩の公開落札実額は、今回の調査では確認できませんでした。
油彩の公開落札実額は、今回の調査では確認できませんでした
シンワオークションの公開落札結果PDF38本、SBIアートオークションの落札結果カタログ145件には、三岸好太郎の作品が0件でした。Yahoo!オークションで確認できた三岸好太郎本人の作品も、版画1点のみです。これは今回の調査範囲(無料で閲覧できる落札記録)に限った結果であり、市場に油彩の取引がないことを意味するものではありません。根拠のない金額を相場として示すことは避け、本ページでは油彩の買取価格レンジを提示しません。
Yahoo!オークションで確認できた実額は、版画1点の50,000円です
Yahoo!オークションの落札相場で「三岸好太郎」を検索すると、44件が該当します(2026年8月24日時点、終了180日間、出典[2])。この44件を1件ずつ出品タイトルで分類しました。
| 分類 | 件数 | 備考 |
|---|---|---|
| 三岸好太郎本人の作品 | 1件 | 版画「貝殻」(F3)、出品タイトルに「真作」表記。落札50,000円 |
| 三岸好太郎の木版画・装幀を含む古書 | 1件 | 『仕立屋銀次』(本田一郎、昭和5年初版)。落札720円 |
| 三岸節子(妻)の作品 | 4件 | 最高604,000円(「花」4号) |
| 三岸黄太郎(長男)の作品 | 10件 | 油彩を中心に20,000円台〜73,700円 |
| 他の画家の作品 | 3件 | 検索結果に混在したもの |
| 図録・画集・素描集・競売目録 | 25件 | 1円〜8,000円 |
| 合計 | 44件 |
三岸好太郎本人の作品は、44件のうち1件です。木版画・装幀として本人の仕事が含まれる古書を足しても2件にとどまります。
三岸黄太郎(長男)の実額10件|号数が大きいほど「1号あたり」は下がります
| 作品名 | 号数 | 落札価格 | 1号あたり |
|---|---|---|---|
| 暗夜 | S40号 | 73,700円 | 約1,843円 |
| ビーナス(1953年) | 30号 | 62,150円 | 約2,072円 |
| 風景 | S40号 | 40,260円 | 約1,007円 |
| 冬の日 | 20号 | 33,548円 | 約1,677円 |
| 畑の中 | 4号 | 30,499円 | 約7,625円 |
| 雷の前 | 30号 | 30,250円 | 約1,008円 |
| バラ色の静物 | 8号 | 23,650円 | 約2,956円 |
| 風景(1964年) | 0号 | 22,055円 | ― |
| 静物 | 20号 | 22,000円 | 1,100円 |
| リンゴの樹 | 10号 | 20,350円 | 2,035円 |
2026年8月24日時点、出典[2]。1号あたりは落札価格を号数で割った換算値です
ここから読み取れることは2つあります。1つは、号数が大きいほど総額は上がるが、1号あたりの単価は下がるという傾向です。S40号の「風景」は約1,007円/号、4号の「畑の中」は約7,625円/号で、7倍以上の開きがあります。もう1つは、10件すべてが20,350円〜73,700円の範囲に収まっていることです。三岸黄太郎の作品をお持ちの場合、この範囲が消費者間取引での目安になります。これは三岸好太郎の金額ではありません。
三岸節子(妻)の4件|「花」(4号)は604,000円で落札されています
| 作品 | 技法・号数 | 落札価格 |
|---|---|---|
| 花 | 4号 | 604,000円 |
| ミモザ・カーニュ | 油彩+クレパス・8号(両面描き) | 233,200円 |
| 静物 | 水彩 | 30,250円 |
| 花(遺族サイン・限定120部) | シルクスクリーン | 27,500円 |
同じ作家でも、技法や号数によって27,500円から604,000円まで開きがあります。三岸節子の作品をお持ちの方はこちらもあわせてご確認ください。
主要オークション2社の照合結果
| オークション会社 | 照合した範囲 | 三岸好太郎 | 参考:三岸節子 |
|---|---|---|---|
| シンワオークション | 公開落札結果PDF 38本(2024年1月27日〜2026年7月18日開催分) | 0件 | 10件 |
| SBIアートオークション | 落札結果カタログ 145件 | 0件 | ― |
2026年8月24日確認、出典[5][6]
価格の「基準」がそろっていない点にご注意ください
| 金額の種類 | 基準 | 該当する数字 |
|---|---|---|
| Yahoo!オークションの落札価格 | 消費者間取引。手数料の扱いは表示されません | 50,000円(版画「貝殻」)ほか |
| 買取業者の「買取実績価格」 | 基準の記載がありません | 他社掲示の50万円・150万円 |
Yahoo!オークションは個人間の取引で、買取業者の掲示額とは取引の性質が異なります。金額を並べて比べるときは、この違いを織り込んでください。
「平均32,611円」を相場として読んではならない理由
Yahoo!オークションの落札相場ページには、統計値として「44件・平均落札価格32,611円・最高落札価格604,000円・最安落札価格1円」と表示されます(2026年8月24日時点、出典[2])。しかしこの平均値をそのまま三岸好太郎の相場として読むことはできません。44件のうち25件は図録・画集・競売目録といった書籍であり、1円から8,000円の価格帯です。最高額の604,000円も、三岸好太郎の作品ではなく妻・三岸節子の「花」です。つまりこの平均値は、書籍の価格と別の画家の作品価格を合算した数字です。三岸好太郎の作品相場を表してはいません。
他社が掲示している実績額の読み方
競合する買取業者のページには、三岸好太郎の買取実績として金額が掲示されている場合があります。上位表示されているページの1つには「横顔/油彩/50万円」「風景/油彩/150万円」という記載があります(出典[9])。ただしこれらの記載には、取引の年月と、金額の根拠となる出典が併記されていません。金額を掲示しているページを見つけたときは、「いつの取引か」「どの作品か」「出典は何か」の3点が書かれているかを確認してください。
| 出どころ | 金額 | 年月 | 技法・寸法 | 価格基準 |
|---|---|---|---|---|
| 他社掲示「風景」 | 1,500,000円 | 記載なし | 油彩・寸法の記載なし | 記載なし |
| 他社掲示「横顔」 | 500,000円 | 記載なし | 油彩・寸法の記載なし | 記載なし |
他社の2件は、年月・寸法・価格基準のいずれも不明です。掲示額そのものは、本ページの調査で裏づけられた金額ではありません。買取価格は落札価格とも異なりますので、手元の作品の金額を知るには、実物を見てもらうのが確実です。
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簡単WEB査定版画・付属品|売却前に確認しておきたいこと
三岸好太郎は1934年に亡くなっているため、市場に出る版画には、本人の没後に刷られたものが含まれる可能性があります。
版画をお持ちの場合の確認点
① 公開市場で確認できた落札価格50,000円は1件のみです。「真作」は出品者が書いた表記であり、第三者の確認を経たものではありません(出典[2])。
② 市場に出る三岸好太郎のリトグラフは、没後に刷られたものである可能性があります。三岸好太郎は1934年に亡くなっているため、本人がリトグラフに署名することはできません。次の例は、美術商が販売しているリトグラフです。
| 作品 | 三岸好太郎「蛾」リトグラフ |
|---|---|
| 販売価格 | 66,000円(税込・落札価格ではありません) |
| 画寸/額寸 | 縦38×横29.5cm / 縦64.5×横49.5cm |
| 限定番号 | ed. H.C.(作家保存版) |
| 署名 | 黄太郎サイン |
美術商の販売ページ、出典[12]、2026年8月24日確認
署名しているのは長男の三岸黄太郎です。つまりこの作品は、三岸好太郎の没後に刷られ、遺族が署名したものと考えられます【推定】。お手元の版画については、余白の署名が誰のものか、限定番号やH.C.の表記があるかを先に確認してください。
査定にお出しになる前に、作品そのもの以外の付属品をすべて集めてください。額の裏に貼られた展覧会の出品票、古い画廊のシール、購入時の領収書、作品を包んでいた紙、箱書き。これらは作品の来歴を裏づける材料になり、査定の場でも、その後の売却の場でも扱いが変わります。
三岸好太郎の買取に関するよくある質問
1三岸好太郎と三岸節子はどう違いますか。どちらの作品か見分けられますか。
三岸節子は三岸好太郎の妻(1905年–1999年)で、別の画家です。最も分かりやすい判定線は制作年で、1935年(昭和10年)以降の作品は三岸好太郎のものではありません。逆に1934年以前の作品なら、長男・三岸黄太郎(1930年–2009年)ではありません(出典[11])。画題では、花を主題にした作品は三岸節子として市場に出ている点数が多くなっています。三岸好太郎と三岸黄太郎はローマ字表記だけでは父子を区別できません。署名・支持体・付属品もあわせて確認してください。
2三岸好太郎の版画にも価値はありますか。
公開市場で落札が確認できた三岸好太郎名義の版画は、「貝殻」(F3)の50,000円が1件です(出典[2])。ただしこの1件は出品者が「真作」と表記したもので、第三者の確認を経ていません。北海道立三岸好太郎美術館の所蔵作品258点のうち、版画は10点です(出典[1])。三岸好太郎は1934年に亡くなっているため、本人がリトグラフに署名することはできません。市場で販売されている三岸好太郎名義のリトグラフには、長男・三岸黄太郎の署名が入っているものがあり(出典[12])、没後に刷られたものと考えられます【推定】。お手元の版画は、余白の署名が誰のものか、限定番号やH.C.の表記があるかを先に確認してください。
3三岸好太郎の作品は美術館にどれくらい所蔵されていますか。
北海道立三岸好太郎美術館が258点を所蔵しています。内訳は油彩88点、水彩素描160点、版画10点です(2021年7月現在、出典[1])。同館の設立は、遺族から寄贈された220点が契機となっています(出典[3])。このほか神奈川県立近代美術館、東京国立近代美術館、京都国立近代美術館、ポーラ美術館が作品を所蔵しています(出典[4][7][10])。
4遺品整理で出てきた絵を売る前に、何を準備すればよいですか。
作品本体だけでなく、額、箱、作品を包んでいた紙、額の裏に貼られた紙片やシール、購入時の書類をひとまとめにしてください。これらは来歴を裏づける材料になります。そのうえで、制作年・署名・画題・技法を確認し、本ページのセルフチェックシートで次の一手を決めてください。売却先を選ぶ際は、複数社に相談し、相見積もりであることを明言したうえで査定を受ける方法があります。
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簡単WEB査定参考文献
- [1] 北海道立三岸好太郎美術館『所蔵作品について』artmuseum.pref.hokkaido.lg.jp/mkb/collection/about/『コレクションギャラリー』(2026年8月24日確認)
- [2] Yahoo!オークション『三岸好太郎の落札相場』(2026年8月24日確認・終了180日間・44件を全件分類)
- [3] 北海道立三岸好太郎美術館『美術館の概要・沿革』(2026年8月24日確認)
- [4] 文化庁『文化遺産オンライン』online.bunka.go.jp
- [5] シンワオークション『落札結果』(公開PDF 38本、2024年1月27日〜2026年7月18日開催分)(2026年8月24日確認)
- [6] SBIアートオークション『落札結果』(カタログ145件)(2026年8月24日確認)
- [7] 独立行政法人国立美術館『所蔵作品総合目録検索システム』(2026年8月24日確認)
- [8] artnet『Kotaro Migishi 落札結果一覧(Auction Results 40件)』(2026年8月24日確認・無料/ログイン不要)
- [9] 競合上位ページの記載(2026年8月22日取得)
- [10] ポーラ美術館『コレクション 三岸好太郎』(2026年8月24日確認)
- [11] 国立新美術館『展覧会情報検索 アートコモンズ』ID:62766「没後10年 三岸黄太郎展」(一宮市三岸節子記念美術館、2019年10月12日〜12月1日)(2026年8月24日確認)
- [12] 小竹美術『三岸好太郎「蛾」リトグラフ』(2026年8月24日確認。販売価格であり落札価格ではありません)
本ページの調査基準日:2026年8月24日
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兵庫出身の画家(芸術家)5選|基本的な情報から作品の特徴、代表作をご紹介
兵庫県は、港町として育まれた豊かな文化背景から、日本美術史に名を残す芸術家を多く輩出してきました。本記事では、兵庫県出身…
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バブル時代に大流行した絵画の買取相場は?当時高額だった美術品の今の価値
ご自宅の整理や遺品整理をしていると、ふと押し入れや倉庫の奥から立派な額縁に入った絵画が出てくることがあります。 「バブル…
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現代アートの巨匠たち。有名作家を日本と海外で5選ずつ紹介
現代アートは、多様で斬新な表現により私たちの日常に新しい風を吹き込んでいます。都市の壁画から美術館の名作まで、あらゆる場…
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