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中村六郎の湯呑とぐい呑み

 今回は徳島県にお住まいのお客様から買取りした中村六郎の湯呑とぐい呑について紹介します。ひびやかけのない美品で、共箱の保存状態も良かったので高価買取することができました。

 

☆中村六郎とは
 中村六郎は岡山県備前市出身、備前焼を代表する陶芸家です。旧制閑谷中学校を途中で辞め、戦争が終わるまで会社員として働いていました。しかし、父親が金重陶陽らと親しかったこともあり、重要無形文化財保持者になった金重陶陽に弟子入りし陶芸家を志します。藤原啓や山本陶秀と一緒に、北大路魯山人からも技術を学ぶ機会がありました。1961年六郎窯をつくり独立し、1986年伝統工芸士として認定されます。

 

 徳利やぐい吞などを好んで製作し、「酒器の神様」「徳利の六郎」などと呼ばれることもありました。酒器づくりに力を入れるようになった背景には、金重陶陽に作った酒器を見せた際「鼻の入らんようなぐい呑みはおえん」と一喝されたことがあります。また、自身が大の酒好きだったことも酒器づくりに力を入れる要因になったと考えられます。その酒好きは相当なもので、朝食で一合、十時に二合、昼食で二合、二時に二合、仕事を終えてまた二合飲み、一日に合わせて一升を開けるほどでした。ひどいときには、飲みすぎた結果、田んぼで朝を迎えることもあったようです。そのような状況でも陶芸活動には、一切のぶれなく取り組み魅力的な作品を多く生み出しています。その作品の数々は、野性味にあふれた味わい深いものが多く愛好家の多さでも知られています。飲み手の心を十分に知った、飾らない人間味が酒器に滲み出ているといえるでしょう。また、「中村家の緋色」といわれた粘り気の強い観音土に、黄色がかった鮮やかな赤「緋色」も中村六郎作品の魅力といえます。

 

 酒器以外にも宝瓶や取っ手のない急須、茶碗なども多く手掛けていました。小ぶりな作品が多いことでも知られており、ゴマが綺麗に降りかかった作品やろくろ目が付いた下膨れの作品などが代表的です。晩年には酒をやめるよう医者に言われたものの決して辞めることはできませんでした。1日に徳利1本だけ飲むことを妻と約束し、少しでもたくさん飲めるよう扁壺徳利を完成させたというエピソードがあります。1989年に勲七等青色桐葉章受章し、2004年4月に亡くなっています。

 

中村六郎の湯呑とぐい呑み

 

☆中村六郎の湯呑とぐい呑
 自身が大の酒好きで知られる中村六郎の湯呑やぐい呑は、野性味あふれる大胆さと飲み手を知り尽くした絶妙なフォルムで人気があります。「酒器の神様」と呼ばれるほどの出来栄えは、現在においても非常に価値あるものです。また、窯の中で灰が器にかかることでできる「自然釉」は備前焼の特徴ともいえます。ゴマを振りかけたような状態から備前では「ゴマ」と呼ばれ、中村六郎の湯呑やぐい呑でも多くみられるものです。美しいゴマと独特の地色は、ただそこにあるだけで存在感を感じさせてくれるでしょう。

 

 今回買取させていただいた湯呑とぐい呑も、朴訥さを感じさせる中村六郎らしい作品でした。酒呑の命とされる口縁部の仕上げは見事なもので、どこか小さな茶碗を思わせる雰囲気があります。手作業による柔らかく優しいフォルムも特徴的で、土味もシンプルで味わい深いものです。湯呑やぐい吞から感じられる柔和な表情は、陶芸に対する情熱をも感じさせてくれます。

 

中村六郎の湯呑とぐい呑み

 

☆さいごに
 中村六郎は「酒器作りの神様」と呼ばれる、備前が誇る作家です。「中村家の緋色」と称された美しい緋色や、野性味と朴訥さを感じさせる作風で多くの愛好家を魅了してきました。そのため、中村六郎の湯呑やぐい呑の売却をお考えであれば日晃堂で高価買取させていただきます。もちろん、中村六郎の湯呑やぐい呑に限らず日晃堂では、備前焼きなど焼き物の高価買取を行っています。

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