屏風の種類は?二曲・六曲などの形や用途、有名な屏風絵を紹介
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和室の床の間や広間、あるいは美術館や旧家で見かける「屏風(びょうぶ)」。
優美な日本画やきらびやかな金箔をまとったその姿は、日本の伝統的な美意識と住まいの文化を象徴する調度品です。
折り畳む面の数によって「二曲」「六曲」と呼び分けられ、茶道や日常生活などの用途に応じて「風炉先屏風」「枕屏風」といった多彩な種類も生まれました。
ご自宅の蔵や物置に古い屏風が眠っていて、「どのような種類の屏風なのだろう」「美術品や骨董品として価値はあるのだろうか」と気になっている方もいるのではないでしょうか。
この記事では、屏風の基本的な役割や歴史をはじめ、面の数(曲数)や大きさによる分類、用途や仕立ての違い、屏風に描かれた代表的な流派や国宝級の名作までを解説します。
目次
屏風とは?基本的な役割と歴史

まずは、屏風が本来どのような目的で作られ、日本の暮らしや文化の中でどう発展してきたのか、その成り立ちと歩みを確認していきましょう。
屏風の本来の役割(風よけ・間仕切り)と語源
「屏風」という言葉には、風を屏ぐ、すなわち風を遮るという意味があります。古代中国に起源を持ち、日本へ伝わったのちも、すきま風を防ぐ道具として暮らしに取り入れられてきました。
日本の伝統的な建築は、柱と梁(はり)を基本構造とした、壁の少ない開放的な造りが特徴です。
ふすまや障子を開け放てば広々とした空間が生まれますが、冬場は冷気やすきま風が入り込み、個人の空間も確保しにくくなります。
そこで重宝されたのが、持ち運びができ、必要な場所へ自由に広げて立てられる自立式の調度品、屏風でした。
ふすまのように敷居や鴨居の溝を必要とせず、安定して置ける場所へ移動して使える点が、屏風の大きな特徴です。
風を遮る実用的な機能に加え、広間を仕切って更衣や就寝のための空間を作ったり、来客の視線を遮る目隠しにしたり。
屋外の宴や儀礼の場でも簡易的な可動壁として用いられ、空間を自在に演出する家具として発展していきました。
やがてその広い表面には美しい絵や書が施されるようになり、屏風は生活道具の枠を超え、空間を華やかに彩る鑑賞用の調度・美術品としての性格を強めていきます。
日本における屏風の歴史と変遷(奈良時代から現代まで)
中国では、漢代の文献にすでに「屏風」の記述が見られます。当初は1枚板からなる衝立(ついたて)のような形式も含まれていました。
その後、複数の面を連結して折り畳める形式が普及し、唐代には6面や12面に絵を描いた屏風の記録が残されています。
日本における屏風の記録としては、『日本書紀』の朱鳥元年(686年)の条に、新羅(しらぎ)の使節が天武天皇へ献上した品の中に屏風が含まれていたことが記されています。
奈良時代(8世紀)になると、国内でも屏風が制作されるようになりました。
奈良・正倉院には聖武天皇ゆかりの屏風が今も伝わり、《鳥毛立女屏風(とりげりつじょのびょうぶ)》はその代表例として知られています。
平安時代の10世紀には、唐風の山水に加えて、日本の四季の風景や名所風俗を描いた「やまと絵」の屏風が盛んに作られ、北宋の皇帝へ献上された記録も残っています。
初期の屏風は、周囲を木枠や裂地で縁取った各面を、革や絹の紐などでつなぐ構造でした。複数の面にまたがって一つの風景を描いた作品もありましたが、画面と画面の間には縁取りが入っていたのです。
この構造を大きく変えたのが、室町時代ごろに発達した「紙蝶番(かみちょうつがい)」です。
強靱な和紙で各面をつなぐことで面ごとの縁取りが不要になり、屏風全体をひと続きの大画面として生かせるようになりました。
こうして得られた大画面を舞台に、安土桃山時代から江戸時代にかけて屏風絵は黄金期を迎えます。
織田信長や豊臣秀吉、徳川将軍家をはじめとする武将たちは、自らの権威を示すため、城郭の広壮な空間を金箔をふんだんに使った豪華な屏風で彩りました。
狩野派や琳派といった名立たる絵師たちが、連続する大画面に数々の名作を残しています。金箔や金泥を多用した華やかな屏風は中国や朝鮮、ヨーロッパにも贈られ、国外でも珍重されました。
明治時代以降も、日本画家たちによって意欲的な大作屏風が描き続けられてきました。現代では伝統工芸品として、また慶事や茶の湯の調度として、大切に受け継がれています。
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構造・大きさによる屏風の種類と数え方

屏風を分類する最も基本的な基準が、「面の数」と「大きさ」です。ここでは屏風特有の数え方を整理したうえで、曲数による違いと大きさによる呼び方を解説します。
屏風の正しい数え方(扇・曲・一隻・一双)
屏風を鑑賞したり調べたりする際には、特有の助数詞が用いられます。それぞれの意味を押さえておくと、作品の構成が一目でわかるようになるでしょう。
扇(せん)
屏風を構成する折り畳み可能な板(画面)の1枚1枚を指す単位。右端から順に「第一扇」「第二扇」と呼びます。
曲(きょく)
1つの屏風がいくつの扇で構成されているかを表す単位です。「二曲」「六曲」の数字は、面の総数を表しています。
隻(せき)
自立する屏風1基を数える単位で、単独で鑑賞・使用される屏風は「一隻」と数えます。古代の文献には、屏風を「畳(じょう)」という単位で数えた例も見られます。
双(そう)
左右1対(2基)で1つの作品・空間を完成させるセットを「一双」と呼びます。向かって右側に置く屏風が「右隻(うせき)」、左側が「左隻(させき)」。片側だけが現存している場合は、「半双(はんそう)」や「一隻」と表現されることもあります。
たとえば「六曲一双(ろっきょくいっそう)」と表記されていれば、6つの面からなる屏風が左右2基一組、合計12面になっているという意味です。
画面を構成する「曲数」による違い(二曲・四曲・六曲・八曲など)
屏風には二曲・四曲・六曲・八曲などの形式があり、面の数によって画面の構成が変わります。
一面ごとの寸法は作品によって異なるため、全体の大きさを知るには、曲数と実寸をあわせて確かめることが大切です。
二曲屏風(にきょくびょうぶ)
2枚の扇を1箇所の接合部でつないだ形式です。小型の風炉先屏風や枕屏風から大型の座敷用屏風まで、大きさはさまざま。
一隻で一つの絵を見せる作品のほか、左右を対にした二曲一双の作品も残されています。
四曲屏風(よんきょくびょうぶ)
4枚の扇を連ねた屏風です。一扇の寸法が同じであれば、二曲より横幅が広く、六曲よりコンパクトに収まります。風景や人物など、さまざまな主題を描く形式として用いられてきました。
六曲屏風(ろっきょくびょうぶ)
6枚の扇を連ねた、日本の屏風絵を代表する形式です。横に広がる画面を生かし、山水や都市の景観、合戦、四季の花鳥など、多彩な主題が描かれてきました。
左右を対にした「六曲一双」は著名な屏風絵にも多く見られ、広間の空間全体を彩る構成として珍重されています。
八曲屏風(はっきょくびょうぶ)
8枚の扇を連ねた形式です。一扇の寸法が同じなら六曲より横幅が広くなり、多くの場面や景観を盛り込んだ作品にも用いられてきました。
現代のホテルの披露宴会場や式典でも、六曲とともに八曲の金屏風がよく使われます。中国の歴史的な屏風には、十二曲に及ぶ多面の作品も見られます。
屏風の大きさによる呼び方と寸法の見方
曲数が横に並ぶ面の数を表すのに対し、屏風には大きさによる呼び方もあります。座敷で使う大型のものから、枕元に置く低いもの、雛飾りに添える小さなものまで、そのサイズは実に多彩です。
名称ごとの寸法は時代や地域、仕立てによって異なるため、呼び名は大まかな目安として捉えるとよいでしょう。
本間屏風(ほんけんびょうぶ)
主に座敷で用いられてきた大きな屏風です。表具の世界では、鴨居の下までの高さや部屋の間口を目安に仕立てるとされ、六曲のものは「本六」、二曲のものは「本二」とも呼ばれます。
座敷用の標準的な屏風には、一隻あたり高さ150〜180cm、幅330〜370cm程度のものが見られます。一双ではこれを二隻組み合わせるため、さらに広い空間が必要です。
立てた際の横幅は、各面を折り曲げる角度によっても変わります。
中屏風・小屏風
比較的小ぶりな屏風は、中屏風や小屏風などと呼ばれます。高さ1mほどの作品から数十cm程度の小品まで幅があり、寸法は名称より実物で確かめるのが確実です。
手元の屏風を調べるときは、呼び名に加えて高さ・一隻の幅・曲数を測っておくと、全体の規模をつかみやすくなるでしょう。
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簡単WEB査定用途・仕立てによる屏風の種類

屏風は、設置する場所や行事、画面をどう構成するかという「仕立て」の技術によっても、固有の名称で呼ばれます。曲数や大きさとは異なる視点からの分類です。
空間を華やかに彩る「金屏風・銀屏風」
金箔や銀箔などを用いて、画面を華やかに仕立てた屏風です。全面に箔を貼ったもののほか、絵の背景や雲霞(うんか)の表現に金銀を取り入れた作品もあります。
現代では、結婚式や長寿の祝い、叙勲パーティーなどでおなじみの調度品。歴史的には、豪華さに加えて実用的な役割も担っていました。
電灯のなかった時代の室内では、金箔の表面が障子越しの自然光や行灯(あんどん)の灯火を反射し、暗い広間を明るく見せていたのです。
その輝きは絵柄や人物を引き立て、場に格調と華やかさを添えました。
金銀の色や光沢、箔の使い方に注目すると、屏風ごとの表現の違いをより深く味わえるでしょう。
茶道の空間を演出する「風炉先屏風」
「風炉先屏風(ふろさきびょうぶ)」は、茶道の点前(てまえ)で道具畳の向こう側に立てて使う、二枚折りの小ぶりな屏風です。主に広間の茶席で用いられます。
風炉や釜、水指といった茶道具を引き立てる背景となり、道具の周囲に凛とした落ち着きを生み出すのが役割です。
鳥の子紙(とりのこがみ)を無地で張った簡素なものから、透かし彫りや組子細工、腰板張り、茶人好みの裂地(きれじ)をあしらったものまで、季節や趣向に応じた多彩な意匠がそろっています。
寝床まわりを仕切る「枕屏風」
「枕屏風(まくらびょうぶ)」は、就寝時に枕元へ立て、すきま風を防いだり寝床の周囲を仕切ったりする屏風です。
背の低い小型のものがよく知られ、大きさや曲数は品によってさまざまに作られてきました。
防寒・防風という暮らしの必要に応え、書や絵をあしらったものも伝わっています。寝床を整える実用品であり、身近な場所で書画を楽しむ調度品でもあったのです。
通路や日常空間で使われる「勝手屏風・大勝手屏風」
「勝手屏風(かってびょうぶ)」は、台所へ向かう通路や茶室の勝手側などを隔てるための屏風で、一般に縦長の二曲のものを指します。
座敷から裏方の作業場所を見えにくくし、日常の空間を整える役割を果たしてきました。
大型のものは「大勝手屏風」と呼ばれ、高さ6尺(約180cm)、各面の幅3尺(約90cm)ほどの二曲屏風を指す例があります。大きさや仕立ては、設置する場所や使い方に合わせて選ばれました。
既存の絵や書を貼り込む仕立て「押絵貼屏風・貼交屏風」
屏風の画面をどう構成するかという「仕立て」に注目した分類です。
押絵貼屏風(おしえばりびょうぶ)
別の紙や絹に記された書や絵を、屏風の各扇に1枚ずつ貼り付けて仕立てたもの。六曲一双の十二面に月ごとの風物を配した作品や、書と山水画を交互に組み合わせた作品などがあります。
貼交屏風(はりまぜびょうぶ)
書画や色紙、短冊、扇面(せんめん)、古筆切(こひつぎれ)などを組み合わせて貼り込んだ屏風です。古筆切とは、古い書の一部分を切り分けた断簡のこと。
大きさや形の異なる作品を散らすように配置し、画面全体の取り合わせを楽しみます。
いずれも複数の書画をひとつの調度品にまとめる仕立てで、一点ごとの表現と、それらを組み合わせた構成の両方に鑑賞の楽しみがあります。
屏風絵の流派・画風と代表的な絵師

屏風は、大画面を生かして絵師が独自の表現を展開できる舞台でした。ここでは、屏風絵の世界を彩った代表的な流派と画風、各流派を代表する絵師たちの特徴を整理します。
大画面に映える豪華絢爛な「狩野派」
室町時代中期から江戸時代末期まで、約400年にわたり幕府や朝廷の御用絵師として画壇の中心にあったのが「狩野派(かのうは)」です。
狩野派の大きな特徴は、中国伝来の水墨画が持つ力強い筆線と、日本古来のやまと絵の鮮やかな色彩美を融合させた点にあります。
安土桃山時代の狩野永徳(かのうえいとく)は、先代から受け継いだ金碧画を、巨木や巨岩を画面いっぱいに配する豪壮な大画面表現へと発展させました。
金箔の地に濃厚な彩色を重ねる「金碧濃彩(きんぺきのうさい)」の力強い構成は、天下統一を目指す武将たちの城郭御殿を彩っています。
江戸時代には、狩野探幽(かのうたんゆう)が余白を生かした理知的で落ち着きのある新様式を確立。幕府の体制下で工房制作の仕組みを整え、数多くの屏風絵を世に送り出しました。
大胆な構図と装飾性が光る「琳派」
江戸時代初期の京都で、町衆の豊かな美意識の中から生まれたのが「琳派(りんぱ)」です。
宗達から光琳、光琳から抱一へと続く大きな流れは、直接の師弟関係によらず、時代を隔てた先人の作品に学ぶ「私淑(ししゅく)」によって受け継がれました。
開祖とされる俵屋宗達(たわらやそうたつ)は、平安時代の王朝文化の優雅さを下敷きに、意表を突くトリミングや大胆なデフォルメを駆使した斬新な屏風絵を生み出します。
乾かないうちの絵の具に別の色を垂らしてにじませる「たらし込み」も、宗達が得意とした技法です。
その約100年後、元禄期の京都で宗達の様式を発展させたのが尾形光琳(おがたこうりん)。
洗練されたデザイン感覚とリズミカルな反復表現を融合させ、《紅白梅図屏風》や《燕子花図(かきつばたず)屏風》といった装飾美の極致を築きました。
江戸後期には酒井抱一(さかいほういつ)が江戸の地でこの美学を継承し、詩情あふれる瀟洒な作風を展開しています。
写生を重視した親しみやすい「円山・四条派」
江戸時代中期、円熟した繁栄を見せる京都で登場したのが、円山応挙(まるやまおうきょ)を祖とする「円山派(まるやまは)」です。
形式化しつつあった伝統流派に対し、応挙は動植物や自然の「写生」を徹底して重んじました。
西洋画の遠近法や陰影表現を巧みに取り入れ、日本画の繊細な墨線や金泥と融合させることで、生き生きとした実在感を備えた絵画を完成させます。
応挙の写生画風に、文人画の洒脱な軽みや情緒を加えたのが、呉春(ごしゅん)を祖とする「四条派(しじょうは)」。
両派をあわせた円山・四条派は、親しみやすく情緒豊かな表現で町衆や寺社、豪商たちに支持され、近代京都画壇の基盤となっていきました。
精神性を重んじた「水墨画・南画」
金碧濃彩のきらびやかな屏風とは対照的に、墨の濃淡やかすれ、筆の勢いによって幽玄な世界を描き出すのが「水墨画(すいぼくが)」です。
室町時代に禅宗文化の広まりとともに本格化し、雪舟(せっしゅう)や長谷川等伯(はせがわとうはく)らによって、日本の湿潤な風土と情緒を映した独自の境地が開かれました。
江戸時代中期以降には、中国の元・明代の文人(学者・知識人)が描いた絵画に憧れ、教養や高い精神性を表現しようとする「南画(なんが/文人画)」が流行します。
池大雅(いけのたいが)や与謝蕪村(よさぶそん)らは、詩・書・画が一体となった風雅でおおらかな屏風絵を数多く残し、俗世を離れた理想郷の山水を描き出しました。
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簡単WEB査定国宝・重要文化財に見る有名な屏風絵

日本の屏風が持つスケール感と美しさを深く味わえる、国宝・重要文化財の名作を4点紹介します。前述した「曲数」や「様式」が実際の作品でどう生かされているかにも、注目してみてください。
俵屋宗達《風神雷神図屏風》(二曲一双に描かれた大胆な構図)
京都・建仁寺が所蔵する国宝《風神雷神図屏風(ふうじんらいじんずびょうぶ)》は、江戸時代初期に俵屋宗達が手がけた、日本美術の傑作のひとつに数えられます。
形式は「二曲一双」。2枚折りの屏風を左右に対置させた構成で、宗達の画面の使い方は実に独創的です。
右隻の右上に風袋を抱えた風神を、左隻の左上に連なる太鼓を背負った雷神を、それぞれ画面の端に寄せるように配置し、中央の広い空間は一面の金地による余白として大胆に残しました。
金地の広い余白と、たらし込みで表された雲、左右に向き合う二神の姿が、画面に緊張感と躍動感を生み出しています。二曲一双という限られた画面を存分に生かした構図といえるでしょう。
狩野永徳《洛中洛外図屏風》(六曲一双の大画面に広がる都市景観)
米沢市上杉博物館(山形県米沢市)が所蔵する国宝《洛中洛外図屏風(らくちゅうらくがいずびょうぶ・上杉本)》は、桃山時代を代表する絵師・狩野永徳の作品です。
天正2年(1574年)に織田信長から上杉謙信へ贈られたと伝えられ、その後、上杉家に受け継がれました。
形式は、本格的な大画面構成の「六曲一双」。
右隻には東山や内裏、祇園祭の山鉾巡行で賑わう京都の東側が、左隻には細川館や花の御所、西郊の寺社など西側の景観が、圧倒的な密度で描き込まれています。
画面全体にたなびく金雲が景観を自然に区切り、武士や町人、僧侶、商人など約2,500人もの人々の営みが生き生きと表現されました。
六曲一双のパノラマを生かし、都市空間と人々の暮らしを一望のもとに収めた歴史的な大作です。
作者不詳《彦根屏風》(六曲一隻で構成された浮世絵のルーツ)
彦根城博物館(滋賀県彦根市)が所蔵する国宝《風俗図(通称:彦根屏風)》は、江戸時代初期(寛永年間頃)に描かれた、近世初期風俗画の最高峰です。
狩野派の高度な技術を身につけた名手の作と推測されているものの、落款や署名を欠き、作者不詳のまま伝わっています。
形式は「六曲一隻」。金箔地を背景に、遊里で思い思いに過ごす男女15人の姿が描かれています。
知識人のたしなみとされた「琴棋書画(きんきしょが)」の主題を、三味線を弾く女性、双六(すごろく)に興じる男女、恋文を書く遊女といった風俗の場面に見立てた、知的な趣向に富む作品。
衣装に見られる繊細な文様や洗練された人物描写は、のちの浮世絵の源流に位置付けられています。
伝土佐光重筆《浜松図屏風》(六曲一双・雲母や金銀を用いた室町期の装飾技法)
東京国立博物館が所蔵する重要文化財《浜松図屏風(はままつずびょうぶ)》は、室町時代の15世紀に制作された作品で、土佐光重(とさみつしげ)の筆と伝えられています。
六曲一双の大画面には、海岸に立つ大きな松や岩、うねる波、海上で漁をする舟が描かれています。左右の屏風をひと続きの画面として使い、海辺の景観を力強く表した構成が見どころです。
装飾技法にも注目したいところ。下地に雲母(きら)を用い、雲や霞には金銀の切箔(きりはく)や砂子(すなご)を撒くことで、密度の違いによる輝きの変化を生み出しています。
金箔を全面に貼った屏風とはまた違う、繊細な光の表情を今に伝える作品です。
屏風の美術的・骨董的価値を決める要素と査定ポイント

ご自宅や旧家に古い屏風がある場合、専門家はどのような点に着目して価値を判断しているのでしょうか。代表的なポイントを紹介します。
有名絵師の作か?落款や署名の意味
絵画作品の評価において、誰が描いたのかという「作者」は重要な判断材料です。画面の端などに記された署名や印章は、作者を調べる手掛かりになります。
評価は、署名や印章を含めた作品全体から判断されます。国宝《風神雷神図屏風》には款記も印章もなく、《彦根屏風》も作者不詳のまま高く評価されてきました。
後から別人が署名や印を加えた作品も存在するため、専門家は筆遣いや構図、材料、制作年代、伝来などを照らし合わせて検討を重ねます。
署名のない古い屏風も、作品そのものの特徴を丁寧に調べることで、来歴や価値を探る手掛かりが見えてきます。
紙本・絹本などの素材と金銀の装飾技法
屏風の絵が何に描かれ、どのような材料や技法で仕上げられているかも、作品を調べるうえで大切な要素です。
紙に描いたものを「紙本(しほん)」、絹に描いたものを「絹本(けんぽん)」と呼びます。素材の質感や描き方は作品ごとに異なり、制作技法や時代背景を考える手掛かりとなります。
金箔や銀箔、金泥、雲母の使い方にも、それぞれ表現上の工夫が凝らされています。こうした装飾は、絵の出来栄えや保存状態、伝来などとあわせて総合的に評価される要素です。
描かれた年代と「屏風に仕立てられた年代」の違い
屏風で見落とされがちなのが、本紙(絵そのもの)が描かれた年代と、屏風として仕立てられた年代のずれです。
たとえば貼交屏風には、古筆切や扇面画などを集め、後の時代に屏風へ仕立てた作品があります。修理や改装によって、絵は古いまま下地や表装だけが新しくなっている場合もあるでしょう。
そのため、木枠や裏紙が比較的新しく見えても、貼り込まれた書画自体が貴重な古美術品のケースがあります。外見の新旧で判断せず、本紙の一点一点を見極めることが大切です。
保存状態や共箱(ともばこ)、伝来資料の重要性
屏風の保存状態は、評価を左右する重要な要素です。本紙の破れやシミ、カビ、絵の具の剥落、木枠のゆがみなどに加え、過去の修理や仕立て直しの状態も確認されます。
箱や鑑定資料、伝来を示す記録にも、作品だけではわからない情報が残されていることがあります。
共箱(ともばこ):作者本人の箱書きがある箱。作者や作品との関係を調べる手掛かりになります。
極札(きわめふだ)・鑑定書:鑑定した人物や機関の判断を記した資料です。誰が、いつ、どの作品について記したものかを確認します。
伝来資料:旧蔵者や保管先、購入・譲渡の経緯などを示す古文書、目録、受領書など。
これらは作者や来歴を調べる助けになるため、屏風と一緒に大切に保管しておきましょう。査定の場では、付属資料の信頼性や作品との対応も含めて総合的に評価されます。
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簡単WEB査定屏風を傷めないための扱い方と保管方法

屏風は、木と和紙、糊、絹などで作られた繊細な調度品です。誤った開閉や保管は破損や劣化を招き、美術的な価値を損ねる原因にもなります。
ご自宅の屏風を大切に扱うための基本を押さえておきましょう。
軽量な木格子と和紙からなるデリケートな内部構造
伝統的な紙張りの屏風は、杉などの木材を格子状に組んだ軽い下地に、何層もの和紙を重ねて作られています。外からは厚い板のように見えても、その内部には空間があるのです。
下貼りには「骨縛り(ほねしばり)」「ベタ貼り」「蓑貼り(みのばり)」「袋貼り(ふくろばり)」などの工程があり、仕立てに応じて紙の種類や貼り方を使い分けます。
こうした多層構造が本紙を支え、湿度の変化による影響を和らげています。
内部が空洞の格子構造であるため、強い衝撃や局所的な圧迫には弱く、物がぶつかると内部の和紙や本紙が破れてしまうことも。移動や設置の際は、表面を強く押さえないよう注意してください。
紙蝶番を傷めない開閉と取り扱いの注意点
日本の伝統的な屏風に用いられる「紙蝶番」は、和紙で作った羽根を、隣り合う扇に交互に組み合わせて貼る構造です。
山折り・谷折りの両方向へ動くのが特徴で、古い屏風では紙や接着部分が傷んでいることもあるため、状態を確かめながら丁寧に扱いましょう。
安定する角度で立てる
屏風はジグザグに広げることで自立します。大きく開き過ぎると倒れやすくなるため、平らで安定した場所に、適度な折り角度を保って設置してください。開閉中に抵抗やゆがみを感じたら、その時点で手を止めましょう。
大きな屏風は二人以上で扱う
移動の際は、蝶番や本紙に傷みがないかを確かめ、無理のない範囲で畳んでから運びます。大きな屏風は二人以上で協力し、画面を押したり、広げたまま引きずったりしないよう気をつけてください。
傷んだ部分に力をかけない
劣化したものや修理が加えられたものは、確認のために何度も折り返すと負担がかかります。破れや剥がれを見つけたら、表具師や保存修復の専門家に相談するのが安心です。
湿気や乾燥を防ぐ家庭での適切な保管方法
屏風を長く保つには、温度や湿度の急な変化を避け、強い光や物理的な衝撃から守ることが大切です。
直射日光とエアコンの直風を避ける
光は絵の具の退色や紙の変色を進めるため、直射日光が当たらない場所を選びましょう。温度や湿度の急な変化も、紙や木材の変形、層の剥がれにつながります。
エアコンの風が直接当たる場所を避け、できるだけ安定した環境に置いてください。
湿気と転倒を防いで保管する
湿気がこもりやすい押し入れの床や、結露しやすい外壁側の壁際は保管場所に不向きです。使わないときは状態に合った収納箱などでほこりや接触から守り、床からの湿気や転倒、ほかの物による圧迫にも気を配りましょう。
乾燥した日に状態を確認する
長期間しまい込まず、湿度の低い晴天の日に、直射日光の当たらない室内で状態を点検します。問題なく開閉できる屏風であれば、少し広げて風を通すのもよい方法です。
虫干しを傷みや虫・カビの兆候を見つける機会とし、日ごろの湿度管理や保管場所の清掃とあわせて行いましょう。
長年保管されていた屏風では、紙蝶番や下地が傷んでいることもあります。
市販のテープや接着剤による補修は変色や紙の劣化を招き、その後の修復を難しくするおそれがあるため控えましょう。
破れや剥がれ、カビなどが見られる場合は、屏風の修理に詳しい表具師や保存修復の専門家が頼れる相談先です。
売却を検討していて、作者や市場での評価を知りたいときは、古美術・骨董品を扱う買取専門店に相談すると、目的に沿った判断がしやすくなるでしょう。
おわりに

屏風には、二曲・四曲・六曲といった面の構成、座敷用から小型のものまでの大きさ、風炉先や枕屏風などの用途、さらに狩野派や琳派といった絵画様式など、さまざまな見方があります。
種類や特徴を知ることで、空間を仕切る調度品としての工夫と、書画を楽しむ美術品としての魅力の両方が見えてくるでしょう。
美術館で目にする国宝の屏風絵はもちろん、ご自宅やご実家に受け継がれてきた屏風にも、それぞれの歴史が息づいています。
もしご自宅の蔵や倉庫に、作者や価値のわからない古い屏風が眠っていて、遺品整理や建て替えに伴って価値を知りたいとお考えでしたら、骨董品・古美術品の買取専門店「日晃堂」へご相談ください。
私たち日晃堂では、屏風をはじめとする日本画、書画、骨董品の査定・買取を行っています。経験豊富な査定士が、作品の特徴や保存状態などを一点ずつ確認いたします。
ご自宅で査定を受けられる出張買取にも対応しており、査定料・出張料は無料。大きく持ち運びが難しい屏風も、店頭へ運ぶ手間をかけずにご相談いただけます。
作者や価値がわからないものも、まずはお気軽に日晃堂の無料査定をお試しください。
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