1865年、大橋翠石は現在の岐阜県に生まれました。
実家は染物業を営んでいましたが、幼い翠石は絵を好んだ父の影響を受けて自分でも絵を学びます。 10代の半ばから本格的に絵画を学び、その才能を発揮しますが、1880年代の後半から1890年代の初めにかけて相次いで父母を亡くし、失意の時を過ごすことになります。特に、父の亀三郎は1891年に発生した濃尾地震に巻き込まれて死亡するという悲惨な最期を迎え、翠石にショックを与えました。

この頃、翠石は虎に出会うことになります。京都で見た円山応挙の「虎図」の写真を入手して模写に励み、また実物の虎を見る機会に恵まれて一心不乱に写生。やがて虎の絵で世に知られることになります。 1895年、31歳の時に内国勧業博覧会に出品した作品で高く評価され、これがきっかけで1900年のパリ万国博覧会に作品が出品されることになりました。ここで発表された「猛虎図」は絶賛され、日本人では唯一となる優等金牌を獲得。1904年のセントルイス万国博覧会でも優等金牌を授与されました。

こうして、見事な虎を描く画家として知られるようになった翠石は、その後もひたすら虎の絵を極めるために邁進することになります。兵庫県須磨町に住んでいた頃には、虎そのものだけでなく背景にもこだわった「須磨様式」という作風を確立させ、話題を呼びました。 晩年には、価格面でも最高ランクに位置する画家として知られるようになります。

翠石が晩年を過ごした太平洋戦争時代は、「挙国一致」をスローガンに美術や文学などあらゆる芸術が国家に奉仕することを望まれていましたが、翠石は戦意高揚を表現する主流派には目もくれず、己の作品にひたすら没頭します。文展、帝展などには一切、作品を発表しませんでした。 最後まで純粋に絵に向かうひとりの芸術家として生きた翠石は、終戦から2週間後に81年の生涯を閉じました。