江月宗玩(こうげつそうがん)1574年‐1643年
江月宗玩は安土桃山時代~江戸時代前期に活躍した臨済宗の僧です。
豪商の家に生まれた江月は茶人としての一面も持ち、茶道の世界でもその名を広めたといわれています。
また、書画や墨跡鑑定を得意としていた江月。文化人との交流も多く、能書家として有名な松花堂昭乗(しょうかどうしょうじょう)や、「狩野派」の礎を築いた狩野永徳の孫、狩野探幽とはとくに親しい間柄だったという記録が残っています。
一流の文化人であった江月宗玩
江月宗玩は織田信長、豊臣秀吉に仕えた茶人・津田宗及の子で、屋号である「天王寺屋」は大坂・堺で知らない者はいないといわれるほど有名でした。なお、「天王寺屋」は兄である津田宗凡が継いでおり、江月はわずか9歳で大徳寺(京都市)に入門し、僧としての道を歩みはじめました。 師事していた春屋宗園が逝去すると、大徳寺を継承。このあと、南宗寺(堺市)正宗寺(平戸市)といった名だたる寺を巡った江月は各地の大名、公家からも熱く信仰されるようになりました。 こうして禅僧の重鎮として活躍した江月宗玩ですが、文化人としての才能も持ち合わせており、各界でその名をはせていました。とくに茶道に関しては父・宗及ゆずりの腕前であったといわれており、茶を通して黒田高政とも交流を重ねていたといいます。 なお、江戸幕府と朝廷の対立事件として知られる「紫衣事件」では江月ひとりだけが免罪になったことでも知られています。紫衣事件では沢庵宗彭など名だたる僧が流刑に処されていますが、江月だけがこうした刑から免れているのです。 こうしたことから、江月宗玩が影響力の高い僧であったこと、また幕府からも一目置かれる存在であったのではないかと推測されています。
主な作品について
江月宗玩は僧、茶人として活躍する傍らで、さまざまな書物、掛け軸などを残しています。 また、現在残っている作品の中には江月が個人的に送ったと見られる手紙も含まれていますが、これらも時を経たことで「骨董品」となり、愛好家から注目されています。
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