劉海粟(りゅうかいぞく)1896年–1994年
劉海粟は近代中国画壇において活躍した、江蘇省出身の画家です。
また、わずか17歳で近代中国において初となる美術学校を創設するという偉業を遂げた人物としても知られています。
その一方で教育家としても有名で、近代中国画壇に新たな風を吹き起こしました。その施策内容は賛否両論あったものの、華東芸術専門学校校長、南京芸術学院院長などを歴任し、後進の育成に尽力しています。
そんな劉海賊は生前、安徽省にそびえる黄山を何回も登頂しており、このことから黄山を題材にした水墨画を多く描いたことで知られています。その山水画はモダンなセンスで描かれ、色彩豊かな構図に仕上がっているのが特徴です。また西洋画の技法を取り入れた独創的な作風は人気が高く、現在も上海にある劉海粟美術館に多くの作品が所蔵されています。 過去に日本で活躍していた時期があることから、日本国内にも多数の作品が現存しています。
近代の中国画壇の発展に尽力した画家兼教育家
劉海粟は1896年、江蘇省常州に生まれました。
6歳から私塾に通っており、当時から見事な花鳥画を描いたといいます。
その後、絵画をより知るために上海にわたった劉海粟は1911年、17歳という若さで上海図画美術院(後の上海美術専門学校)を創設。中国近代における初の美術専門学校として、大きな話題を呼びました。劉海粟という名はこのときに付けられたもので、宋代屈指の書家・詩人である蘇軾の作品「前赤壁賦」に登場する「滄海の一粟」というワードに由来します。
以降、幾度の逆境にも屈せず、画家活動を続けた劉海粟。 ヌードの人物画を美術教育に取り入れるものの、これによって非難を受け、一時的に日本に亡命します。 そこで多くの日本人画家と交流を深めつつ、日本帝国美術院初の展覧会に出品したり、個展を開いたりと積極的に活動しました。 また、1929年からはヨーロッパ各国に赴き、絵画についての見聞をより広めました。その際、ピカスやマチスなど、ヨーロッパを代表する画家たちとも交流を深めたといいます。 そして、後期は華東芸術専門学校の校長、南京芸術学院の院長などを歴任。晩年まで中国画壇の発展に貢献しました。
劉海粟の代表作
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「黄山雲海」
黄山山頂から望む、雄大な景色を描いた作品。 赤く染まった陽の光や、見渡す限りいっぱいに広がる雲海により、鮮やかで幻想的な雰囲気を演出しています。豊かな色彩表現を得意とした、劉海粟らしい秀作といえるでしょう。 現在は中国美術館に所蔵されています。
そのほか、「雲山飄渺図」「黄山光明頂」「金箋牡丹図」などに劉海粟の実績を見ることができます。
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