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清水登之作品買取

清水登之の生涯

清水登之(しみずとし)は、大正から昭和初期にかけて活動した、日本の洋画家。 キャリアをスタートさせてから長きにわたってアメリカで活動を行っており、日本に帰国したのは晩年のことでした。庶民の生活を物語性豊かなユーモアあふれるタッチで描き、日本人離れしたワールドワイドなセンスが世界的に高く評価されています。


清水は1887年、栃木県下都賀群国府村大字大塚(現・栃木県栃木市大塚町)生まれ。 幼い頃は陸軍士官学校への進学を志していましたが、19歳で陸軍士官学校を受験して失敗。そのショックから、単身でアメリカ合衆国に渡航しました。 清水の運命を変えたのはこのときのこと。肉体労働に従事していたシアトルで、美術学校を見つけます。 ここには後にフランスのパリで活躍する画家、田中保ら日本人が通っていたこともあり、清水も労働を続けながら美術学生として絵を学びはじめました。


シアトルの美術学校でおよそ5年間学んでデザインの技術を身につけた清水は、拠点をニューヨークに変え、デザイナーとして働きつつ画家としてさらなる飛躍を求めて「アート・スチューデンツ・リーグ」に入学。 教師や同級生たちとの交流でユーモア感覚を磨き、人と人とのあいだにある物語性を感じさせる作風を身につけていきます。 そして1921年、満を持して参加したアメリカン・ペインティング・アンドスカルプチュア展では、出品した『横浜夜景』が入賞した……と喜んだのもつかの間、その直後、外国人であることを理由に受賞を取り消されるという不運に見舞われます。しかし、この一件がより清水の知名度を高める結果となりました。


紆余曲折を経てアメリカで名声を得たのちにフランスに移住すると、サロン・ドートンヌでの入賞を果たしてパリの地でも成功を収め、ますます創作活動は活発化。 40歳になった清水は、ようやく母国日本で作品を発表するために帰国します。 帰国後はすぐに独立美術協会の設立に携わり、二科展などでも大いに活躍して国内でも知名度を高めました。1932年には従軍画家として、戦争画も手掛けています。


清水登之の代表作と作風

代表作は、1928年に描かれた『チャイナタウン』。 この作品は、ニューヨークにあるチャイナタウンをユーモアあるタッチで描いたもの。アメリカ庶民の悲喜こもごもを軽快なタッチで描いた絵面は見る人の心に寄り添う独特の魅力を備えています。

清水の本来の作風は、『チャイナタウン』にも見られるような、キュートでユーモラスなデフォルメされたタッチがほとんど。しかし、戦争画家として従軍していた頃の作品はかなり写実的な薄暗い作風となっています。 その時々の状況や感情を見事に描写する筆力を持つ画家だったといえるでしょう。

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