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牧野虎雄作品買取

牧野虎雄の生涯

牧野虎雄(まきのとらお)は画家として活動する一方で、日本美術界を担う後進の教育指導にも尽力した人物です。


1890年12月、新潟県上越市で誕生。5歳の頃から東京に住む父とともに生活を始めます。 1908年、東京美術学校西洋画科に入学し、黒田清輝や藤島武二から指導を受けます。 このとき、同校の特待生に選ばれたり、在学中に『漁村』『朝の磯』が文展(文部省美術展覧会)に入選したりと、すでに画家として頭角を現していました。 卒業後は同校の研究科に入り、さらに自身のスキルを高めていきます。 この熱心な姿勢とたゆまぬ努力が実を結び、1914~1918年の間、毎年文展への入選を果たしました。同時に、1915年に出品した『紅葉の下湯』が3等賞に選ばれ、またその翌年に出品した『渓流に水浴』が特選になるといったような輝かしい功績も残しています。


さらに1919年、文展が帝展(帝国美術院展覧会)に改組されてからも牧野は数々の絵を出品。1934年に開催された第15回帝展まで作品を出品し続けました。 またその間、牧野は帝国美術学校の西洋画科長を務めており、後世の教育にも携わっています。1935年には新設された多摩帝国美術学校の西洋画科主任教授に任命され、美術教育に尽力します。 その後も、教壇に立つ傍ら石井柏亭、中川紀元たちとともに「邦画一如会」を設立したり、第12回旺玄社展に『山茶花』『白樺』を出品したりしています。 このように画家としても指導者としても活躍した牧野ですが、食道がんによって1946年、56歳でこの世を去りました。


牧野虎雄の代表作と作風

牧野の作風には、写実的でありながら作品ごとに独自のデフォルメを入れて細かな違いを表現している、という特徴があります。 中でも牧野が最も好んで描いていた風景画は、彼の作風がひときわ伺えるものばかり。目の前に広がる風景をそのまま表現するのではなく、アレンジを加えて描かれています。 同じ風景画でも作品によって構図や配色が異なり、またいずれもどこか哀愁ただよう懐かしい雰囲気を感じさせます。 暗めの赤を基調とする富士山とその周辺の風景を描いたシンプルな構図の『富士』、少年少女たちが開放感のある原っぱで凧揚げをしている様子が描かれた『凧揚』などが代表作として挙げられます。

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