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鈴木信太郎作品買取

鈴木信太郎の生涯

鈴木信太郎(すずきしんたろう)は、大正から昭和にかけて活動した、日本の洋画家。 幼いころに患った病気により左半身が不自由で、車椅子での生活を余儀なくされていましたが、自身が見ている低い位置からの風景をユニークなタッチで描いて独自性を確立。1988年には文化功労者にも選ばれました。


鈴木は1895年、八王子(当時は神奈川県の一部で、現東京都八王子市)生まれ。耕作地がなかった八王子は養蚕や織物が盛んで、鈴木の生まれ育った家も生糸業を生業としていました。 裕福な商家の長男であったため、本来であれば家業を継ぐ立場にありましたが、幼くして車椅子が手放せない体になったことで両親から絵画の道を進められ、画家を志すようになります。 15歳で白馬洋画研究所に入所して黒田清輝に師事。当時の洋画勉強といえば石膏像の写生がほとんどであったものの、このころから鈴木は外に出て風景画を描くことに専念していました。


しかし、18歳ごろに画家で生きていくということに不安を抱いて地元・八王子に戻り、府立染織学校(現都立八王子工業高校)にて織物図案を学びはじめます。 とはいえ、絵画を辞めたわけではありませんでした。図案家として学び働くかたわら製作した作品が、文展にて初入賞を決めて日本画壇デビュー。このとき鈴木は21歳でした。 この後しばらくは図案家を続けましたが、画家を諦めきれずに仕事を辞めて日野多摩川にある善生寺に寄寓。絵画制作のみに没頭する日々を送ることになります。


独特の視点と童心あふれるタッチの風景画はすぐさま日本画壇で評価を高め、二科会会員や一陽会の結成など次々と日本近代洋画に影響する大きな役割を担う中心人物として活動。その後も、不自由な体ながら全国各地を巡って精力的に制作にいそしみました。


鈴木信太郎の代表作と作風

代表作は『白い服と黒い服の人形』。鈴木は明るい色を使った明朗な風景画を得意としていましたが、もう一方で可愛らしいフランス人形をモチーフとすることも多く手がけました。 モダンな人形の絵は洋菓子店などの包装紙柄として人気を博し、現在でも各地で使用されています。

幼くして自由を失った恐怖や絶望は計り知れませんが、それを感じさせないほど、さながら魅力的なおもちゃ箱のような色彩豊かな作風が特徴的です。 “天性の色彩家”と呼ばれるほどの鮮烈な色遣いは、今もなお多くの人々の心を惹きつけています。

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