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椿貞雄作品買取

椿貞雄の生涯

椿貞雄(つばきさだお)は、大正前期から昭和前期にかけて活動した、日本の洋画家。洋画家ではありますが日本画の制作も手がけ、優れた作品を残しています。


そんな椿が生まれたのは1896年のこと。 山形県米沢市に生まれ、早逝した兄の影響から幼くして画家を志しました。 やがて18歳になると本格的に絵を勉強するために上京。その先で訪れた岸田劉生の個展に深く感銘を受け、師事するようになります。


岸田はその頃、既存の描画や技法に捕らわれない油彩画を追求し、明治期以降の西洋画の在り方について模索していた時期であったため、椿もその影響から正統な手技を学ぶことはありませんでした。 しかし類まれなる観察眼と、理想主義を掲げる芸術運動“白樺派”に影響された椿は、高い写実性を備えつつ、リアリティと現実離れした理想主義的な風合いが同居する独自の画境に至りました。


そんな椿は、師の影響を受けやすく、岸田が東洋美術に興味を示せばそれに習い、画壇での活動もつねに同行するほどに岸田に傾倒していたといいます。 しかしこれがアダとなったのか、1929年に岸田が亡くなると、椿はその喪失感から憔悴状態に陥り、創作活動ができないほどになってしまいました。 その頃、椿は33歳。小学校の図画教師として働き、画家として踏ん張らなければならない時期でした。 椿の周囲は、あまりのひどい様子に欧米への旅行を提案。これがきっかけとなって、旅行した先のパリで初の個展を行うことになります。 幸いにして個展は盛況のうちに終わり、気を取り直した椿は帰国後、岸田の死を乗り越え、のびのびとした作風を獲得します。 それ以降は日本画と西洋画の技術をマッチさせ、日本の世俗を穏やかな愛あるタッチで描き続けました。


晩年は図画教師として勤務するために引っ越した先の千葉で過ごし、千葉県美術界の結成にも携わるなど千葉画壇の盛り立てに尽力しました。同地にて、61歳で亡くなっています。


椿貞雄の代表作と作風

代表作は『自画像』。椿が岸田にはじめて会う際に持っていった一作です。 絵画を一切学んだことがないとは思えないほど、緻密で正確なデッサン力と繊細な色使いがすでに完成されています。この作品の出来栄えの良さから、岸田は椿を教え子にしたといわれています。

『自画像』以降、岸田に師事して創作活動を行いますが、その結果もともと持っていた繊細で写実性ある描画力が高まったことはもちろんのこと、ヒューマニズムあふれる理想主義的な作風へと変化しました。 岸田の死後もその路線を貫き、のびのびとした筆致の作品を手がけました。

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