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麻生三郎の生涯

麻生三郎(あそうさぶろう)は、第二次世界大戦前から平成にかけて長く活動を続けた洋画家。 戦時中も熱心に作品を発表し、生々しさのある焼けただれたような暗褐色を主調とした独特の作風で、家族愛や人間愛の表現を突き詰めました。 困難な状況に生きる人々の内面を描き出すことに注力した麻生の作品には、悲壮ながらも徹底したヒューマニズムを感じることができます。


麻生三郎は1913年に、東京都京橋区本湊町(現・中央区湊)で生まれました。 この地は従来の日本的な風景とは異なるモダンな雰囲気が見られた下町で、のちに麻生は「この町の雰囲気に影響されて洋画家の道を志した」と語っています。 本格的に絵を学びはじめたのは15歳のころ。明治学院中等部に在学しながら小林萬吾の画塾に通い、その2年後には太平洋美術学校選科に入学し、数多くの画家仲間との繋がりを得ます。 戦前にはヨーロッパ各地を旅して西洋古典絵画への造詣を深め、帰国後には美術学校時代の画家仲間とともに新人画会を結成します。 新人画会は軍部から抑圧を受けますが、それでも麻生は意欲的に作品を発表し続けます。絵に対する圧倒的な熱量のあらわれといえるでしょう。 また戦時中、たび重なる空襲によってアトリエと多くの作品を失っても製作の手を止めることはなく、戦後も人々の辛い内面を代弁するメッセージ性の強い作品を描き上げています。


麻生の作品は決して“売れる絵”ではありませんでした。陰惨な色遣いの中にほのかに感じられる希望や愛情こそが麻生三郎の画風だったのです。 晩年には一般受けする“花”をモチーフとした作品なども発表していますが、それでもなお独自の薄暗いタッチを隠すことはありませんでした。 自分の描きたいものを描き続けた、強い芸術志向を持つ画家であったことをうかがわせるエピソードです。 また、熟練したテクニックを存分に感じさせる作品から、いわゆる“ヘタウマ”といわれるような絵なで多彩に描きこなせたことも麻生ならではの特徴でした。 その縦横無尽な画力をもって後進の育成にもあたり、武蔵野美術大学では名誉教授としてその名を残しています。


麻生三郎の代表作と作風

代表作は『赤い空』。戦後間もなく発表されたこの作品について、麻生は「この場所から逃れることができない重圧と圧迫、そしてその何ものかに対する強い反撥・反抗心」を描いたと語っています。 重苦しい濁った赤に領された絵からは、重い圧迫感が感じられますが、一方、その中には人の持つ“強さ”が刻まれています。重圧の中にあってなお生きようとする生命の力強さ、闇の中にひそかにまたたくかすかな光を感じられるのが、麻生ならではの作風だと言えるでしょう。

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