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海老原喜之助作品買取

海老原喜之助の生涯

海老原喜之助(えびはらきのすけ)は、大正末期から昭和にかけて活動した、日本の洋画家。「エビハラ・ブルー」と呼ばれた、鮮やかで印象的な青を基調とした作品を数多く手掛けています。


海老原は1904年、鹿児島県鹿児島市で生まれました。 早くから画家を志していた海老原は、東京の川端画学校と言語専修学校のアテネ・フランセ通い、絵の腕を磨きながらフランス語を学びます。1923年には19歳で早くも渡仏を果たし、パリで活躍していた日本人洋画家であり、海老原が生涯師と仰ぐことになる画家・藤田嗣治に師事します。 また、同年フランスの地にいながら日本の「二科展」に出品した作品が初入選し、続けざまにフランスの展覧会「サロン・ドトーンヌ」への初入選を果たし、才能あふれる画家として頭角を現します。 また5年後、フランスの画商であり美術品収集家のアンリ=ピエール・ロシェと契約を結び、さらにはニューヨークで個展を開催。この頃から、海老原の絵を特徴づける青(エビハラ・ブルー)を基調とした作品を描きはじめました。


しかし、エコール・ド・パリ(パリ派)の担い手として活躍していた海老原は、世界情勢によって帰国を余儀なくされます。世界恐慌のあおりを受け、およそ10年にも及ぶパリ生活を終えて帰国した海老原は、30歳にしてようやく日本での初個展を開催します。 パリやニューヨークなどで築いた画家としての名声は日本にも届いていました。 以後は独立美術会員や新興日本美術展覧会審査委員、日本大学専門部芸術科美術科(現日本大学芸術学部)の講師などを務め、後進の育成に励みました。 戦中・戦後も積極的に活動し、死去するまで絵画への探究心を失うことはありませんでした。 終焉の地となったのは、生涯をかけて愛したフランスでした。1970年、セーヌ川やブーローニュの森などをのぞむパリ16区にて息を引き取りました。


海老原喜之助の代表作と作風

代表作は『雪山と樵』。 パリとニューヨークで個展を成功させ、画家としての名声を得たあとに描かれた作品です。 はるかにそびえる銀嶺がシンプルな白線とまぶしいほどに鮮やかな青で描かれたこの作品には、油彩画でありつつも東洋の伝統的な水墨山水画の技法が取り入れられています。 海老原ならではのオリジナリティが光る作品となっています。

「エビハラ・ブルー」を使用した作品が注目されることが多い海老原ですが、「馬」をモチーフにした作品も数多く残しています。また、具象絵画を得意としつつ、戦後は抽象的な画面構成にも取り組むなど、画家として名誉を得たあとも新たな自己表現を追求しました。

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