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朝井閑右衛門作品買取

朝井閑右衛門の生涯

朝井閑右衛門(あさいかんうえもん)は、昭和時代に活動した、日本の洋画家のひとりです。 1901年、大阪府大阪市南区恵美須町(現浪速区)で、紀州徳川家に仕えていた武家の長男として生まれました。実家は由緒ある武家であるうえに数々の事業を展開していたことから、裕福な幼少期を過ごしました。一方で、生まれつき虚弱だったこともあって家庭で教育を受けていたといいます。 しかし、1914年に家業が失敗して両親は離婚。浅井は父、祖父母とともに広島県に移住しました。 その後、19歳で父を亡くして浅井家を継ぎますが、義母と馬が合わず、この頃から家には寄り付かなくなったといいます。


そんな浅井閑右衛門が画家としての才能を花開かせたのは、法政大学の文科に在籍していた頃のことでした。独自に洋画を研究し、油彩の厚塗りで強烈な個性ある画風を獲得。大学中退後、「二科展」に出した油彩画『廃園に於て』が入選し、世に出ました。 その後、代表作『丘の上』を発表。文部大臣賞を受賞して世間でも名の知れた画家となりました。 また、1937年からおよそ10年間にわたって日本大学専門部芸術科の油彩画講師としても活躍。さらに、『上海戦線記念絵画』の製作を委託されるなど、戦時中は戦争画も手掛けました。


戦後は神奈川県横須賀市田浦や鎌倉市にアトリエを構えて、1983年に82歳で死没するまで多くの作品を描き上げ、意欲的に展覧会に出品しています。 ただし、自分の絵画を売りにして観客を呼ぶ個展は、一切行うことがありませんでした。また、その作品をおさめた画集を編むこともありませんでした。 その特異な姿勢から、“野人画家”と呼ばれることがあります。


朝井閑右衛門の代表作と作風

代表作は『丘の上』。幅3メートルを超える大作で、文部大臣賞を受賞し世間に朝井の名を知らしめた文字通りの代表作です。異様な明るさの中で荒々しいタッチで描かれた異形の物たちが踊りまわる『丘の上』には、絵の全体にオリジナルな作風が息づいています。 一度は本郷洋画研究所などで絵を学ぶも、本格的で正統な美術を学ぶことはなかった朝井。独学だったからこそ体得することができたのだといえる荒々しいタッチが、力強く幻想的な印象を抱かせる独自の作風を生み出したのです。


ちなみに、『丘の上』のような世界観以外に、浅井は“バラ”や“電線”など何気ない日常にあるものを描いた作品も多く残しています。 しかしそれらの作品も、ただあるものを写実的に描くわけではありませんでした。

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