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加藤栄三(かとうえいぞう)の作品買取実績や歴史をご紹介します

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加藤栄三
1906年 - 1972年
日本画買取

加藤栄三(かとうえいぞう)1906年–1972年

日本画

加藤栄三は昭和時代に活躍した日本画家です。
日本の原風景や伝統行事のありようを独自のタッチで描き、高く評価されました。日展で理事を務めるなど、昭和の画壇の中心人物として活躍。その一方で、戦時中に空襲を受けて作品が焼亡し、最期は「制作に行き詰った」という理由で自死するなど、悲劇的な生涯を送った人物でもあります。しかしその作品は高い価値を誇り、加藤栄三・東一記念美術館などに代表作が所蔵されています。

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昭和を代表する日本画家にして悲劇の芸術家

1906年、加藤栄三は岐阜県に生まれました。
少年の頃から画家にあこがれていた栄三は、20歳のときに東京美術学校(現在の東京藝術大学美術学部)に入学。同期の東山魁夷や橋本明治といった画家たちと切磋琢磨して日本画を学びます。 そして在学中の1929年、栄三は早くも画壇デビューを果たします。帝展に「夏日小景」が入選。以後は新進気鋭の日本画家として活躍し、1936年に発表した「薄暮」が文展の文部大臣賞を受賞します。

こうして若手の日本画家として栄華を極めつつあった加藤栄三ですが、戦時中に悲劇が襲います。 太平洋戦争末期の1945年、岐阜の生家が空襲の被害を受け、「薄暮」は焼亡し、作品のために描きためてあった写生などがすべて失われてしまいます。 しばらくは悲嘆にくれた栄三でしたが、戦後には気を取り直して制作を再開。作品をコンスタントに発表し、1958年に制作した「空」が翌年に日本芸術院賞を受賞して完全復活を果たします。 以後10年間は実力派の日本画家として作品を発表。1969年には日展の理事となり、日本画壇における中心人物のひとりとなりました。 しかしその後、制作に行き詰まりを感じるようになったという加藤栄三。1972年に自宅で自死を遂げ、その生涯に幕を下ろしました。

こうして悲劇的な最期を迎えた栄三でしたが、その作品は現在に至るまで高く評価されています。 1991年には、同じく日本画家として活躍した弟・東一の作品とともに、栄三の代表作を所蔵・展示する加藤栄三・東一記念美術館が設立されました。

加藤栄三の代表作

  • 「鵜飼(総がらみ)」

    鵜に魚を取らせる伝統的な漁・鵜飼の風景を描いた作品です。 鵜を乗せた鵜舟がかがり火を灯して一斉に川へ出て漁をする「総がらみ」の情景が描かれています。 事物の輪郭をあえてぼかし、舟を照らして川面に映えるかがり火の輝きを繊細に表現した情感たっぷりの作品に仕上がっています。

  • 「雨後」

    雨上がり、まだ鈍重な雲が空に居座った山の風景を正面から描いた作品です。 湿りけを帯びた山々と雲が重く垂れこめる空を、素朴ながらも繊細なタッチで表現しています。 「鵜飼(総がらみ)」とともに、加藤栄三・東一記念美術館に所蔵されている栄三の代表作のひとつです。
    その他、「水浴」「夏休み」などが代表作として知られています。

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