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中谷泰(なかたにたい)の作品買取実績や歴史をご紹介します

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中谷泰
1909年 - 1993年
洋画買取

中谷泰(なかたにたい)1909年–1993年

洋画

中谷泰は、主に大正から昭和にかけて活躍した洋画家の1人です。
油彩画ならではの質感、重厚感を感じさせる筆致により、陰影の深い写実性のある作風を確立。炭鉱や陶土などで働く労働者たちの姿をはじめ、日常に寄り添うようなヒューマニズムあふれる作品を数多く描きました。 また、後期は東京藝術大学美術部の教授に就任し、後進の育成・指導にも尽力。定年後は美術学校の研究所長を務めるなど、晩年まで絵画に携わり続けました。 紛れもなく、戦後の日本画壇の発展に大きく貢献した人物の1人といえるでしょう。

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戦後の風景をありのままに描写し続けた洋画家

中谷泰は1909年、三重県松阪市で生を受けました。
20歳で画家を目指して上京し、川端画学校や春陽会洋画研究所などで絵の腕を磨きます。 それからおよそ10年の歳月を経たのち、新文展や春陽会展などで立て続けに賞を受賞。一流画家としての頭角を現し始めました。 また、この頃からすでに指導者としても活動しており、後の絵本作家・いわさきちひろに油絵を教えていたといいます。 そんな中、第二次世界大戦が勃発。 これによって中谷は画業から一旦離れ、兵役につかざるを得なくなりました。この経験が、当初は婦人像や風景などを多く描いていた中谷の画題に大きな影響を与えることになります。

兵役を終えた中谷は、一転して社会性のある作品を中心に描くようになりました。 中でも、戦後の困窮した世相を反映し、極貧生活に苦しむ庶民の様子を描いた風景画が話題を呼び、これがきっかけで日本美術協会に入会します。 その後、62歳で東京藝術大学美術部の教授に就任。高齢になりながらも、創作活動と教育活動を両立させました。また、定年後は研究所長を務めるなど、晩年まで目覚ましい活躍を見せました。

中谷泰の代表作

  • 「パンをとる子供」

    春陽会展に出品された、戦後初期の作品です。 困窮を極め、食物が貴重だった時代、嬉しそうな表情でパンを手に取る子供の何気ない日常が描かれています。

  • 「炭鉱町」

    こちらも戦後に描かれた作品のひとつ。
    茶色のボタ山(石炭や亜炭の採掘によって生じた捨石の集積場)、煙突からあがる煙によって黒ずんだ空などが印象的です。人間の姿は描かれていませんが、煤煙が広がる悪環境で過酷な日々を過ごす人たちの様子が想像できます。
    そのほか、「街かど」「風景」などが代表作として知られています。

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