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鳥海青児(ちょうかいせいじ)の作品買取実績や歴史をご紹介します

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鳥海青児
1902年 - 1972年
洋画買取

鳥海青児(ちょうかいせいじ)1902年–1972年

洋画

鳥海青児は昭和期に活躍した洋画家であり、東洋美術の蒐集家としても知られる人物です。
生涯を通してこよなく絵を愛し、風景画や人物画、静物画など幅広いジャンルの作品を手がけました。 油絵の具に砂を混ぜて独特の質感を表現する、という斬新な技法を確立。独立美術協会に所属していた頃は、この技法を真似しようとする画家も現れたといいます。 こうして新たな日本画壇の発展に大きく貢献した鳥海は、最晩年まで創作活動に力を注ぎました。 東京都中央区にあるブリヂストン美術館(現・アーティゾン美術館)は鳥海の活動に注目し、記録映画を制作。また、彼の死後に開催された独立展においても2作品が出品されるなど、後世に語り継がれる著名画家の1人です。

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日本画壇の発展に尽くした平塚を代表する著名画家

鳥海青児は1902年、神奈川県中郡須馬村須賀(現・平塚町)に生まれました。
15歳の頃に通っていた藤沢中学校の美術教師から手ほどきを受け、それを機に油彩画を描き始めました。とはいえ、当時は画家を志しておらず、兵庫県芦屋に移住して関西大学経済学部に進学します。 そんなある日、友人が春陽会で入選を遂げたことを知った鳥海は、22歳から自身も絵を学び始め、春陽会に出品。見事に初入選を果たしました。 こうして華々しく画壇デビューを遂げた鳥海は大学卒業後、本格的に絵の道を歩んでいきます。

1930年、渡欧した鳥海は海老原喜之助をはじめ、海外で活躍する日本人洋画家と交流を深めていきます。さらにオランダ画家・ライデンとの出会いによって強い影響を受け、絵の腕によりいっそうの磨きをかけていきました。 帰国後、41歳までは春陽会をメインに出品を続け、その後は新時代の美術発展を目指す美術科が集う「独立美術協会」の一員として活動。同会において目覚ましい活躍を見せた鳥海は、いつしか一目置かれる存在となり、新たな日本画壇を牽引する画家として知られるようになります。 その活躍は最晩年にまで至り、生涯を通して絵を愛し続けました。

鳥海青児の代表作

  • 「昼寝するメキシコ人」

    題にあるとおり、眠っているメキシコ人の労働者を描いた作品であり、鳥海青児が62歳のときに完成させたものです。 全体を通して淡い色調で着色されているものの、鳥海が生み出す独特の質感によってリアルに表現されています。 メキシコ人の顔は麦わら帽で隠されていますが、どこか物悲しく、叙情的に描かれているのが印象的です。

  • 「瀬戸の山」

    戦前に描かれた作品であり、2019年、48年ぶりに作品が公開されたことで話題を呼びました。 薄暗い色調に統一されており、独特な質感によってゴツゴツした山肌が重厚感を放っています。 実際の山ではなく仏像からインスピレーションを得た作品で、横たわる仏像に山の形を重ね合わせて描かれました。
    そのほか、「平塚風景」「ピカドール」などが代表作として知られています。

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