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菊池容斎(きくちようさい)の作品買取実績や歴史をご紹介します

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菊池容斎
1788年 - 1878年
日本画掛軸買取

菊池容斎(きくちようさい)1788年–1878年

日本画掛軸

菊池容斎は、幕末から明治初期にかけて活躍した日本画家です。
人物画、特に歴史上の偉人や故事を題材にした作品を多く手がけました。伝統的な四条派の画風や浮世絵の構図、有職故実を学んで身につけた深い教養をもとに、優れた「歴史人物画」を数多く生み出しました。後世の歴史人物画は、その多くが容斎の影響下にあるといっても過言ではありません。その作品はいずれも高い価値を誇り、重要美術品や有形文化財に指定された作品も見られます。

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偉人と故事を愛した近代歴史画の巨匠

1788年、江戸時代末期の江戸で生まれた菊池容斎。
御家人・河原家の次男として生まれた容斎は、兄を亡くしたことで河原家の家督を継ぐことになり、15歳で幕府御家人となります。 当時は、河原武保と名乗っていました。 しかし1806年、父の生家である名門・菊池家が跡継ぎを失って断絶することを残念に思い(父・河原武吉は菊池家から河原家に養子として迎えられた人物でした)、1816年に河原家の家督を妹夫婦にゆずって御家人を辞め、菊池家に入って断絶を食い止めました。

こうして38歳で菊池家の人となった容斎は、以後は画家として活動を開始していくことになります。 自由の身となって京都にのぼり、四条派の絵画、浮世絵の画風、また公式の儀式・典礼の所作や服装などを定めた有職故実を学んで教養を深めます。 それらを素地として、歴史上の偉人500人を描く「前賢故実」の制作を開始。ほぼ10年をかけた作品は1836年に完成し、幕末の動乱をはさんで明治維新が成立した1868年に全10巻で刊行されることになりました。 歴代の天皇家とその忠臣たちを取り上げた「前賢故実」は、そのテーマ性と画力の高さが評価され、明治天皇からはじきじきに「日本画師」という称号を受けています。 また、1878年には平安時代に書かれた『土佐日記』を題材にした「土佐日記絵巻」全2巻を発表し、当時開催されていた東京勧業博覧会に出品。最高賞を受賞して名実ともに日本最高の画家としてその名を知らしめましたが、翌年に死去。享年90歳でした。

菊池容斎の代表作

  • 「前賢故実」

    古代から南北朝時代までに日本史上で活躍した人物たちの肖像を描いた作品です。
    敬虔な尊王思想を持っていた容斎らしく、歴代の天皇や彼らに献身的に使えた忠臣たちをモチーフにして気品ある仕上がりにしていることが特徴として挙げられます。モデルを使ってポーズを取らせ、緻密な筆致で描いた人物たちは生き生きとした姿を見せており、歴史人物画のお手本というべき存在となりました。 多くの画家がこの作品に影響を受けましたが、洋画家や写真家、また人形師といった人たちもこれを参考にしたという逸話が残っています。

  • 「蒙古襲来図」

    鎌倉時代末期の「元寇」をテーマにした作品です。激しく荒れ狂う“神風”の嵐に揉まれる蒙古軍の船と、その場面を見つめる鎌倉武士たちの姿が描かれています。躍動感あふれる波の描写は、容斎が人物画だけでなく風景画にも並々ならぬ手腕を持っていたことをうかがわせます。 歴史に取材した作品には、ほかに源義経が兄・頼朝から送り込まれた刺客の土佐坊昌俊を返り討ちにした故事をテーマにした「堀川夜討図」などがあります。
    その他、「海野北窓像」「十六羅漢図」などが代表作として知られています。

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