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岩田専太郎(いわたせんたろう)の作品買取実績や歴史をご紹介します

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岩田専太郎
1901年 - 1974年
日本画買取

岩田専太郎(いわたせんたろう)1901年–1974年

日本画

岩田専太郎は大正・昭和にかけて活躍した日本画家です。
人物画や風俗画を得意とし、特に最新流行のファッションを取り入れた艶やかな女性たちの姿を描いた美人画に定評があります。主に雑誌の挿絵の分野で活躍し、昭和の挿絵画家を代表する画家といわれています。その作品は現在においても高い人気と価値を誇ります。

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挿絵の分野で一時代を築いた巨匠

1901年、岩田専太郎は東京都生まれ。
挿絵画家としてのキャリアは19歳でスタートし、主に雑誌のために絵筆をとりました。 菊池契月や伊東深水といった第一線で活躍する日本画家たちの薫陶を受けていた専太郎は、優れた作品の数々を発表して高評価を得ます。 1923年に発生した関東大震災後、大阪に移った専太郎は『苦楽』『女性』といった雑誌に連載された永井荷風の作品の挿絵を担当するなどして注目されます。 その後は、吉川英治の『鳴門秘帖』や大佛次郎の『赤穂浪士』など、国民的作家と呼ばれる人々の作品で挿絵を担当しました。 ちなみに、挿絵画家としては、戦後も笹沢佐保の『木枯し紋次郎』シリーズをはじめいくつかの作品を手がけています。

また映画の美術考証の分野でも活躍し、1937年には若き天才と呼ばれた映画監督・山中貞雄の時代劇『人情紙風船』を担当します。 山中が『人情紙風船』を残して若くして死去したあと(1939年)には、山中の原案をもとにした『その前夜』という映画でも美術考証を担当しています。

戦時中は軍部の依頼を受けて代表作となる「小休止」「特攻隊内地基地を進発す(二)」などを手がけ、戦後は前述のような挿絵を描くなどして引き続き人気を博します。 その優れた業績により、1954年には菊池寛賞を受賞しています。 また女性を題材にした美人画を多く手がけるようになり、晩年まで年1回の個展を開催し、広く親しまれました。

岩田専太郎の代表作

  • 「小休止」

    岩田専太郎が戦時中に描いた作品です。タイトルにある通り、戦争画の範疇に含まれる作品ではありますが、激しい戦闘を描いているわけではありません。 兵士たちが、思い思いの格好でくつろいでいる姿が描かれています。 軍部の依頼を受けて描かれたといわれる作品ですが、戦闘を題材にしなかったところに専太郎の反戦の想いを見て取ることができます。

  • 「特攻隊内地基地を進発す(二)」

    日本国内の基地から飛び立つ特攻隊の隊員たちと、彼らを見送る人々の姿を描いた作品です。軍部の依頼によって描かれたとされています。 この頃、軍部では特攻隊を題材にした戦争画を何人かの画家に描かせており、多くの画家は軍部の意向に従って明るく勇壮な色調の作品を発表しています。 しかし専太郎は、悲壮な決意を胸にする若者たちの姿と対照的に、暗い陰の中に落ち込んだような見送る人々の姿をしっかり描き、戦争の愚かさを訴えました。

    その他、岩田専太郎の作品は『岩田専太郎名作画集』などでも見ることができます。 また、専太郎の作品を常設展示する美術館「金土日館」では、専太郎が手がけた美人画や挿絵の原画などを見ることができます。

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