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堀文子(ほりふみこ)の作品買取実績や歴史をご紹介します

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堀文子
1918年 -  2019年
日本画買取

堀文子(ほりふみこ)1918年–2019年

日本画

堀文子は、詩情あふれる風景画や花鳥画で有名な日本画家です。
後期には多摩美術大学日本画科の教授に就任し、後進の指導・育成に努めました。 また、1961年から1963年までの約3年間、世界各国を旅し、1995年にはアマゾン川やマヤ遺跡へのスケッチ旅行を決行。さらには2000年、“幻の高山植物”とされるブルーポピーを見つけるためにヒマラヤを登るなど、精力的な活動を続けたことでも知られています。 病気で取材旅行が困難になってからは微生物をモチーフにした作品を多く描き、生命の美しさやたくましさを見事に表現しました。

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生涯を通して「自然」と「生命」を描き続けた日本画家

堀文子は1918年、東京市麹町区平河町(現・東京都千代田区麹町)に生まれました。
当時は女性というだけで虐げられる男女差別の激しい時代だったため、幼少期からの夢だった科学者の道を断念。代わりに、誰にも邪魔されることのない美の道を見つけ、画家を志します。 1938年、女子美術専門学校(現・女子美術大学)在学中に第2回新美術人協会展で入選。同校を卒業した1940年には、新美術人協会の会員を務めました。このとき、絵本雑誌『キンダーブック』をはじめ、いくつかの雑誌の挿絵や装幀を担当して生計を立てていたといいます。

その後、29歳で外交官・箕輪三郎と結婚したものの、1961年、43歳のときに死別。この悲しい出来事をきっかけに、およそ3年間にわたってヨーロッパやアメリカ、エジプトなど世界各国を放浪します。 1967年からは大磯(神奈川県)に拠点を移して創作活動を行い、1974年には創画会の結成に参加。またこの年から、多摩美術大学日本画科の教授および客員教授に就任し、教育家としても活躍しています。 その後も軽井沢、さらにはイタリア・アレッツォなどを転々としつつ画家活動に励み、1992年にはアレッツォで個展を開催しています。 2000年には80歳を超えてヒマラヤを踏破するという前代未聞の偉業を成し遂げたものの、その翌年に解離性動脈瘤が発覚。取材旅行に出られなくなります。そして2019年、心不全により死去。100歳でその長い画家人生を終えました。

堀文子の代表作

  • 「幻の花 ブルーポピー」

    2000年、82歳でヒマラヤを登り、その目で実際のブルーポピーを見て描いた作品です。 その名の通り、神秘的で深みのある青の花が描かれています。繊細なタッチで描かれているものの、力強さやたくましさが感じられ、あたかも作者の性格や芯の通った生き方が反映されているかのような名作です。

  • 「トスカーナの麦畑」

    70歳を目前にしてイタリアに渡り、トスカーナ地方を旅した際に描いた作品です。 緻密な描写、優しい色彩で描かれているのが特徴。吹き抜ける爽やかな風を感じられるような、詩情あふれる1枚に仕上がっています。
    そのほかにも、「アフガンの王女」「紅梅」などが代表作として知られています。

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