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国吉康雄作品買取

国吉康雄の生涯

国吉康雄(くによしやすお)は、明治後期から昭和にかけて活動した日本の洋画家。 17歳にしてアメリカ合衆国に拠点を移したため、以降は長きにわたってアメリカで活躍しました。アメリカと日本の国家的緊張状態の中、平和を求めた社会活動家としても活躍した人物です。


国吉は1889年、岡山県岡山市に生まれました。15歳で岡山県立工業学校に入学して染料について学び始めるものの、17歳で労働移民として単身渡米します。 当初は画家を目指していたわけではありませんでしたが、働きながら通っていた学校でひとりの教師に美術の才能を見出されたことによって、画家の道を歩むことになりました。


ニューヨークに落ち着いた国吉は、「スクール・オブ・アート・アンド・デザイン」「ナショナル・アカデミー・オブ・デザイン」「インディペンデント・スクール・オブ・アーツ」「アート・スチューデンツ・リーグ」といった美術学校で腕を磨いたのち、1917年に本格的に画家としての活動を開始。資産家からの援助を受けて制作をはじめ、さまざまな展示会に作品を出品しながら徐々にアメリカモダニズムの作風へと近付いていきます。


こうして出来上がった国吉の作品は、それまでのアメリカにはなかった東洋的な繊細さ、素朴さがあるとして、メディアから大きな注目を集めました。 1922年には、新たに結成された「サロンズ・オブ・アメリカ」という展覧会組織の委員長に就任し、「19人の現代アメリカ画家展」のひとりに選出される快挙を成し遂げます。 さらに、1933年には母校のひとつ「アート・スチューデンツ・リーグ」にて教鞭を取り、およそ20年の長きにわたり、後進の育成にあたることになりました。


しかし、1940年代に入ってアメリカと日本の関係は悪化の一途をたどり、ついに開戦。国吉は“敵性外国人”として資産を差し押さえられるなどの仕打ちに合います。 そこで、平和を訴える演説やメッセージを込めた作品を描くなどの活動も開始します。 戦後にはその功績が評価され、1952年、「現代アメリカの最も優れた10人の画家」のひとりとしてアメリカを代表する画家に選出されています。死の前年のことでした。


国吉康雄の代表作と作風

代表作は『果物を盗む少年』。国吉が画家として活動をはじめた初期の作品で、これこそが国吉をアメリカでの名声を得るきっかけとなった代表作です。 ほとんど茶色と黄土色のみを使っているにも関わらず、浮遊感と透明感のある質感が特徴。素朴ながらも繊細な絵づくりこそ、国吉がアメリカで評価を得ることになった最大の理由です。 当時のアメリカで流行っていた抽象表現主義的な匂いを感じさせつつも、奥深さと器用さ、世界を見つめる透徹した眼差しを感じさせることが高く評価されています。 また、選ばれるテーマが“子どもがフルーツを盗む”というどこか哀愁を感じさせる情景であったことも、世界のリーダーとして邁進しつつあったアメリカでは衝撃とともに受け取られたようです。

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