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関根正二作品買取

関根正二の生涯

関根正二(せきねしょうじ)は、明治から大正にかけて活動した、日本の洋画家。 この時代の画家は画塾に通って技法を学ぶのが通例であったのに対し、関根はほぼ独学で得た知識のみで近代洋画史を代表する作品を描き上げた天才です。20歳で夭逝しており、残された作品は非常に少ない幻の画家でもあります。

関根は1899年、福島県西白河郡大沼村(現・白河市)に生まれました。 父は同地で茅葺き屋根職人として生活を支えていましたが、1907年に上京。関根は翌年に父の後を追って東京市深川区(現・東京都江東区深川)に移り住みました。そこで通った小学校の同級生には、のちに著名な浮世絵師となる伊東深水がおり、親交を深めます。

絵画との出会いは1914年。伊東に紹介された東京印刷株式会社の図案部に給仕として入社したのがきっかけでした。そのとき、関根は15歳。社内には美術雑誌などが置いてあり、プライベートで絵をたしなむ社員が多かった影響から関根も独学で絵を描くようになりました。 やがて本郷絵画研究所に入所して本格的に絵画を勉強しはじめるものの、数ヶ月で退所。伊東に当てた手紙の中には、「学校で形式的な学問を続けるのが嫌だった」という旨をしたためていたことから、アカデミックな教えは自身の性に合わないと考えていたことがわかります。 その後は社内の先輩社員に教えられたイギリス作家、オスカー・ワイルドの退廃的な思想に影響され、陰鬱とした作風で創作活動を続けました。

翌年、16歳で会社を辞めた関根は長野県へ無銭旅行に出かけ、そこで出会った画家の河野通勢や、ルネッサンス大家の作品をおさめた画集に触発されてデッサンの練習を行います。 その練習が功を奏し、独学ではあったもののデッサン力が付いたことで関根の作品は飛躍的に向上。同年の二科展で初入選を果たしました。 以降、同展で立て続けに入選して、19歳の時には樗牛賞に選ばれるまでになります。

しかし、この頃から関根は蓄膿症の手術後の経過の悪さや失恋によって心身ともに衰弱。果ては結核を患い、20歳の若さで亡くなりました。 画壇デビュー後から活躍を続けていた関根でしたが、私生活は極貧であったといい、そんな中でも高価な絵の具を使用して最期まで創作活動を行いました。


関根正二の代表作と作風

代表作は『信仰の悲しみ』。重要文化財に指定された傑作です。 妊婦であろう女性たちが腕を繋がれて歩く様子が描かれており、異常で沈鬱とした構図ながら、独特の色使いによって美しさも有しています。

関根は人物をモチーフとすることが多く、薄暗い画面にバーミリオンレッドやセルリアンブルーなどの鮮やかな色を使用した独自の作風を確立しています。

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