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須田国太郎作品買取

須田国太郎の生涯

須田国太郎(すだくにたろう)は、大正から昭和にかけて活動した、日本の洋画家。 東洋と西欧の絵画技術を理論的に研究して自身の作品に昇華し、独自の作風を生み出しました。美術に関する論文も数多く残しています。


須田は1891年、京都市中京区に生まれました。 旧制第三高等学校(現・京都大学総合人間学部)在学時に独学で油絵を描きはじめ、次に進学した京都帝国大学(現・京都大学)では哲学科の美学美術史を専攻して絵画にのめり込みます。 同大学院に進学後も、「絵画の理論と技巧」を研究テーマとして学術面から美術に携わる一方、翌年には関西美術院に入学。西洋画の基礎となるデッサンの腕を磨きました。 須田がこの時に得たデッサン力は同時代の洋画家の中でも並外れて優れており、のちの堅実で重厚な作風のベースとなっています。


1919年、28歳になるとヨーロッパの絵画技術に興味が傾いたため、美術院を退学して渡欧。 スペインのマドリードを拠点にプラド美術館に通いつめて作品を模写し、ときには各地を巡って美術研究にも力を入れます。こうして4年間学んだのちに帰国し、ようやく日本での画業をスタートさせました。


しかし公募展では帝展に落選するなどしてなかなか功績を上げられず、学術面の秀でた須田は母校の京都帝国大学や京都市立美術大学ほかで美術史と実技を教え始めます。 本格的に創作活動に力を入れたのは1939年、独立美術協会会員となってからのこと。 これを機に毎年作品を発表し、関西の美術発展と独自の作風を評価されて国の栄誉機関である日本芸術院の会員に推挙されるまでの画家となりました。 創作活動は最晩年にまでおよび、病床に臥してからも筆を折ることはありませんでした。


須田国太郎の代表作と作風

代表作は『比叡山』。そびえ立つ比叡山が薄暗い色合いと荒々しい筆使いで大きく描かれており、冷えて張りつめた空気感を感じさせる一方、独特の透明感も感じさせる一作です。 須田は「黒の画家」と呼ばれるほど暗色を好んだ画家ですが、決して陰鬱な空気感だけでは片づけられない奥深い雰囲気を描き出すことができたところが特徴といえます。

東西美術の混合を目指し、繊細な筆致で迫力ある質感を描き出した作品は、ほかに類のない須田ならではの作風を持つものといえます。光と影を巧みに使うことで写実性も高く、静物画から風景画などをまんべんなく描き分ける優れた描画力も持っていました。

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