
王文治(おうぶんじ)1730年–1802年

王文治は清代の中期から後期にかけて活躍した書家。
詩人でもあり、名文家として知られました。
清朝政府に出仕する官吏として活躍して高い地位に昇るものの、中年に至って政治を嫌って下野し、後半生は庶民として生きたという異色の経歴の人物です。
楷書、行書、草書といったあらゆる書体に通じた天才肌の書家で、その繊細な仕上がりの書は後世にも愛され、高い価値を持ちます。
伝統に根差した堅実な書に定評がありますが、性格的には冒険を好むところがあったようです。 官吏時代には役目を帯びて琉球(現在の沖縄県)に渡ったことがありますが、「海は荒れるからやめておけ」と忠告する友人に対して、「自分はぜひ冒険がしてみたい。海を実際に見てみたい」と言って強行したという逸話があります。 そのときのことを詠んだ詩「海天遊草」には、荒波に揉まれて船が転覆して漂流し、命からがら久米島に漂着した経緯が生き生きと描かれています。
日本とも関わりが深い清代中国の詩と書の天才
王文治は1730年、現在の中国江蘇省に生まれました。
幼い頃から学問の才能を発揮し、詩作や書を学び、官吏として活躍します。
1756年には、外交団の一員として琉球(沖縄県)を目指し、船が転覆して漂流するというアクシデントに見舞われるものの無事に上陸します。
この経験は文治に大きな影響を与えたらしく、のちのちまで詩や書の題材として描き続けました。
ちなみに、このとき琉球に残された詩や書の一部は、現在、沖縄県立博物館に所蔵されています。
帰国後、30歳のとき(1760年)に科挙の最終試験で第3位という好成績を挙げ、出世街道に乗ります。翰林院(公式文書の作成などを行う機関)の重要なポストに就いたり、皇帝に学問を教える講師(侍講)となったりして、文官としては最高位というべき立場に至りました。
しかし、中年以降は宮仕えに嫌気がさしたということで退官します。 退官以後は詩や書に耽溺し、禅に没頭する生活を送り、1802年に没するまで在野の文化人として数々の作品を生み出しました。
王文治の代表作
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「送姚姫伝詩」
優雅な趣のある行書で書かれた作品です。 文治の書は奇をてらうことがない繊細な仕上がりで、清代における帖学派(伝統を尊ぶ書派)の代表例とされますが、この書はまさしくその典型的な作品であるといえるでしょう。 現在、三重県四日市市の澄懐堂美術館に所蔵されています。
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「快雨堂詩翰」
京都国立博物館に所蔵されている書。 琉球に渡ったときの経験を生き生きと描いた詩が、流麗な筆遣いで作品化されています。内容の明るさともあいまって、爽やかな印象を見る人に与えるのが特徴です。
その他、王文治の作品は、生涯をかけて書き続けた詩書をまとめた『夢楼詩集』などに見られます。
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