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田村孝之介(たむらこうのすけ)の作品買取実績や歴史をご紹介します

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田村孝之介
1903年 - 1986年
洋画買取

田村孝之介(たむらこうのすけ)1903年–1986年

洋画

田村孝之介は昭和期に活躍した洋画家であり、その功績から文化功労者に選ばれた人物でもあります。
特に裸婦画、風景画を得意としており、写実的で重厚感がありつつも繊細なタッチで数多くの傑作を生み出しました。また、持ち前の色彩感覚により、鮮やかな色合いの作品が多く見られるのも特徴です。 一方で二紀会の創立に携わるなど、日本洋画界の発展に貢献。晩年には『週刊朝日』をはじめとする雑誌の連載小説に添えられる挿絵の制作にも力を入れており、最期まで画家として生き抜きました。

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生涯を通して関西洋画壇の発展に尽くした洋画家

田村孝之介は1903年、大阪府大阪市に生まれました。
17歳で画家を志して上京。太平洋画会研究所で絵の腕を磨きました。 しかし、その翌年には帰郷し、関西洋画壇で活躍する小出楢重に師事します。以後、小出と同じく関西を拠点に画家活動を行い、23歳で二科展に初入選。画壇デビューを果たしました。

こうして本格的に画家としての活動をスタートした田村は、地元で開かれた公募展や二科展など、数々の展覧会に出品。輝かしい功績を残し、やがて二科会会員に選任されるなど、中央画壇で目覚ましい活躍を見せました。 さらに1947年、黒田重太郎や中川紀元、宮本三郎など多くの画家たちとともに二紀会を創立。日本洋画界を牽引する画家の1人として、より精力的に活動します。 また、49歳からはフランスやイタリアといったヨーロッパ各地を巡り歩き、その美しい街並みや自然をモチーフにした作品を多く手掛けました。 そのほか、『週刊朝日』をはじめとする雑誌に連載されている小説の挿絵を担当するなど、挿絵画家としても活躍。1986年、83歳で亡くなるまで、筆を折ることなく生き抜きました。

田村孝之介の代表作

  • 「湯殿」

    豊満な肉体美を誇る女性がタオルで体を拭きつつ、こちらを振り向いている様子が描かれた裸婦画です。 田村孝之介は裸婦画を得意としており、生前に多くの秀作を残しました。 本作品もそのひとつであり、重厚な存在感とともに柔らかな質感が見事に表現されています。

  • 「エグロン城」

    水辺にお城が建つロマンチックな風景を描いた作品です。 奥行きのある構図で描かれ、洗練された色彩感覚によって鮮やかな着色が施されています。
    そのほか、「女三態」「深紅の薔薇」などが代表作として知られています。

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