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徐渭(じょい)の作品買取実績や歴史をご紹介します

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徐渭
1521年 - 1593年
中国掛軸買取

徐渭(じょい)1521年–1593年

中国掛軸

徐渭は、明代中国の末期に活躍した画家です。
詩作も得意としており、自作の絵には詩を添えて完成させるのが常でした。その画風は突出して個性的であり、現代的な感性が見受けられます。ドラマチックな激動の生涯を送った人物ということもあって知名度は高く、その作品は高い価値を持ちます。 花卉(草花)の絵画を好んで描いていますが、特に「写意画」とカテゴライズされる作品に仕上げているのが特徴です。写意画とは、描く対象に画家自身の心情を投影させるもの。作品を見ると、濃淡を繊細に使い分けた画風には現代絵画のようなモダンな趣がありつつも、徐渭が生涯悩まされ続けた自分自身の不安定な心のありようを感じさせるものとなっています。

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激動の生涯を生きた悲劇の天才画家

1521年、徐渭は現在の中国浙江省に生まれました。
エリート一家に育ち、幼い頃から学問や剣術に非凡な才を見せた徐渭。 父親のように郷試(科挙の地方試験)をパスして地方官僚となり、幸せな一生を送るかに思われましたが、周囲の予想に反して徐渭は悲劇的な激動の生涯を送ることになります。

幼い頃から激しやすい性格で独特の個性を持っていた徐渭は、系統的な学問は不得手だったらしく、20歳の頃にようやく学生になるための童試に合格しますが、それより上の郷試には合格できませんでした。 官僚への道を諦め、私塾を開きましたが経営が上手くいかず、家計は困窮します。

そんな徐渭の人生は、30代に入ってから転機を迎えます。故郷の港に押し寄せてきた倭寇(海賊)と戦うための部隊に加入して自慢の剣術の腕をふるい、武功をあげます。 これによって倭寇の討伐部隊を率いていた将軍・胡宗憲に目をかけられるようになり、地方官僚の秘書官の役職を与えられて生活は安定します。 しかし幸福は長く続かず、2年ほど経った頃に胡宗憲が不正を働いた嫌疑をかけられて逮捕、投獄されるという事件が起こります。徐渭は無実でしたが、生活は再び困窮することになります。

この頃から、徐渭の性格はいよいよ不安定で気難しく、激しやすくなり、やがては自殺未遂をくり返し、ささいなきっかけから妻を手にかけるという凶行に走ってしまうことになります。 時に、1566年。徐渭45歳のことで、彼はそれから7年間の獄中生活を送ります。

獄中で静かな生活を送った徐渭は性格がやや穏やかになり、以後は剣の柄に手をかけるようなこともなく、職業画家として絵を売り、詩を書く生活に入ります。 こうして晩年まで過ごし、後世に優れた画家として名を残し、故郷で亡くなりました。

徐渭の代表作

  • 「菊竹図」

    こまやかな筆運びで、菊と竹が並ぶ情景を描いています。
    菊の花弁は精緻に描き込まれており、単色の水墨画ながらも豊かな色合いさえ感じさせる情感豊かな作品に仕上がっています。

  • 「葡萄図」

    迸るような激しい筆致で、たわわに実った葡萄の実と枝を描ききった作品です。行き場のない心を絵筆に託して画幅に叩きつけるような、熱情とある種の狂気さえ感じさせる仕上がりになっています。 しかしその一方で、墨の濃淡によって実のひとつひとつを表現するという精緻な技術が込められているところも特徴です。決して殴り書きのように制作されたものではない、完成度の高い傑作です。
    その他、「寒林四友図」「花卉図巻」などが代表作として知られています。

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