新藤五国光 日本刀の買取実績や歴史をご紹介します

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新藤五国光 日本刀の買取実績とお客様の声

新藤五国光 日本刀
出張買取

新藤五国光 日本刀

香川県善通寺市 40代女性

香川県善通寺にお住いのお客様より新藤五国光作の短刀をお買取りました。常に大事に手入れをされていたおじいさまから譲り受けたものとのことでしたが、大変綺麗な状態で拝見することができました。受け継いでからも以前からおじいさまに教わっていた通りに手入れを行っていたとのことで、それに見合った価値を付けさせていただきました。この度は日晃堂をご利用頂きありがとうございました。

ご売却頂いたお客様の声

祖父が大事にしていた短刀だったのですが祖父の元を離れる事となり、しばらくは孫である私が祖父から教わった通り短刀の手入れを行っていました。ですが、費用も嵩めば時間もとられていってしまうため、祖父には申し訳ないと思いつつも家族で話して手放すことにしました。その時日晃堂さんのホームページを見つけ買取をお願いすることに。何も分からない私たちに詳しく教えてくれた上で価格を提示して下さり安心して買取をお任せできました。ありがとうございました。

新藤五国光について
  • 新藤五国光の歴史

    新藤五国光は鎌倉時代末期に相模国(現在の神奈川県)にて活躍していた刀工です。1293年から1324年にかけてこの期間の国光の在銘刀があることが確認されています。また、刀剣の古伝書にによれば諸説あるものの相模国の祖は貞国となっており、国光は助真の弟子、そして国光の弟子に正宗が挙げられます。相州伝を確立したのは正宗と言われていますが、実質的な相州伝の創始者は国光とされています。他にも弟子に国広、国重、国泰などがいますがいずれも国光の銘を名乗っていたと言われています。「鎌倉住人新藤五国光作」と銘した短刀が見つかっており、鎌倉に居住していたということを明らかにした最初の刀工でもあります。国光は仏教において受戒しており、法名を光心としていました。刀銘梵字から真言密教系の法師鍛冶だったとされています。

  • 新藤五国光の特徴

    新藤五国光はあまり太刀を作刀しておらず、そのほとんどが短刀です。そのため国光は短刀の名手として古来より名高い人物なのです。いずれも刃文は細直刃(他類似工に粟田口、来国俊、など)でふくらは自然でふっくらとしており、その無理のない刀本来の品の良さは短刀の名手という名声に背かない出来栄えです。粟田口にも似た地沸が強く細かな地景が入った強靭な作風は新藤五国光の特徴ともいえます。これらの作風は新藤五国光の弟子とされる行光や正宗などに受け継がれ、より強調されて「相州伝」という独特の伝法を創造していくこととなりました。

刀剣の所持・買取には必ず
【銃砲刀剣類登録証】が必要となります

銃砲刀剣類所持等取締法(銃刀法)により、刀剣の所持、売買には銃砲刀剣類登録証(登録証)が必要となります。登録証のない刀剣類のお買取は基本的にお断りしております。
※未登録の刀剣以外にも査定ご希望のお品物があれば、ご相談ください。

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