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呂紀(りょき)の作品買取実績や歴史をご紹介します

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呂紀
1429年 - 1505年
中国掛軸買取

呂紀(りょき)1429年–1505年

中国掛軸

呂紀は明代中期に活躍した、浙江省出身の宮廷画家です。
字(あざな)は延振、号を楽愚または楽漁と称していました。生没年については不明であるものの、伝記に残された記録から1429年に生まれ、1505年に逝去したという説が有力です。

勾勒填彩(こうろくてんさい:輪郭線の内側を彩色する技法)を用いた風光明媚な着色花鳥画を得意としており、緻密で躍動感あふれる作品を多く手がけました。 同時代に活躍した画家・林良が写意的な花鳥画を得意としたのに対し、呂紀は写実的な花鳥画を制作。両者の存在は明王朝ですぐさま有名になり、いつしか“花鳥画の2大大家”と称されるほどになります。 また、呂紀の作品は日本にもたびたび贈られており、特に大名家から高く支持されました。これにより、室町時代以降の日本画壇にも多大な影響を与えたとされています。

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日中両国の画壇に影響を与えた花鳥画の大家

浙江省寧波市に生まれた呂紀は、成化時代後期(1465~1487年)に絵の才能が認められ、宮廷に仕えるようになります。
さらに、弘治時代(1488~1505年)には皇居「仁智殿」に身を置くようになり、錦衣衛指揮という官職に任命されました。 当時の皇帝は呂紀の画才を高く評価しており、呂紀が病を患った際は何回も繰り返し見舞いの言葉をかけたという逸話もあるほどです。

宮廷に仕えるようになってからは、同じく宮廷画家として活躍していた林良から花鳥画を学びました。 そして、この積極的な姿勢とたゆまぬ努力が実を結び、ついには工筆と写意を結びつけることに成功。華やかでありながらもどこか素朴さを感じさせる、独自の作風を築き上げました。 その後も、得意としていた写実的な情景の描写、抜群の美的感覚による彩色で、よりいっそうの名声を獲得した呂紀。晩年まで自身の作風を崩すことなく、趣のある鮮やかな花鳥画を描き続けました。

呂紀の代表作

  • 「四季花鳥図」

    重要文化財に指定されている花鳥図であり、呂紀の最高傑作と名高い作品です。
    四幅対(4幅で1組になる画軸)の作品で、それぞれに四季を彩る風景や鳥の姿が描かれています。 緻密な写実的描写、構図のバランス、巧みな色彩表現など、すべてが洗練されており、まさに花鳥図を極めた呂紀ならではの作品といえるでしょう。 当時、島津家に伝えられたという経緯があり、長い年月が経った現在も東京国立博物館に収蔵されています。
    そのほか、「花鳥図 三幅対《冬景》」「杏花孔雀図」などが代表作として知られています。

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