辻与次郎作 阿弥陀堂釜の買取実績や歴史をご紹介します

辻与次郎作鶴首釜の買取実績とお客様の声

楽茶碗
出張買取

辻与次郎 阿弥陀堂釜

山口県宇部市 50代男性

山口県宇部市にお住いのお客様より茶釜他をお買取りしました。元々茶道を嗜む家系だったとの事で数多くの茶道具をお買取りしました。中でも阿弥陀堂釜は流石の存在感といったところですね。阿弥陀堂釜は様々な釜師に作られたとされていますが、初めて阿弥陀堂釜を作り上げた辻与次郎とされており、今回の茶釜はまさしくその辻与次郎の阿弥陀堂釜でした。共箱は見当たりませんでしたが、しっかりと出来る限りの価格は付けさせていただきました。この度はご利用ありがとうございました。

ご売却頂いたお客様の声

倉庫の片付も兼ねて日晃堂さんを利用させていただきました。処分も考えていた物も沢山ありましたが、それを査定に来て頂いた方に話したところ、よければ査定しますよと声をかけて頂き査定していただきました。査定してくださるところを見ていましたが、しっかり丁寧に見て下さり、処分しようとしていた物にも値段がついて本当に嬉しく思います。出張買取に来てくださりありがとうございました。

辻与次郎について
  • 辻与次郎の歴史

    辻与次郎は安土桃山時代から江戸時代に京都の三条釜座に住した釜師として有名です。名は実久、通称は天正頃には与二郎、慶長では与次郎としています。近江国栗田郡辻村の出だという事は分かっていますが、正確な生没年は不詳です。しかし、名越昌孝の『鋳家系』によると名越善正の次男で慶長8年の時に没したと記されているそうです。辻与次郎は歴史上の有名な人物と非常に縁の深い人物で、千利休や秀吉の釜師としても活躍しました。当初、豊臣秀吉から「天下一」の称号を名乗ることを許されている人物でもあります。

  • 辻与次郎の特徴

    千利休の釜師として辻与次郎は数々の釜の造りました。阿弥陀堂釜、四方釜、雲龍釜などを鋳造。鋳上がった釜を再び火の中に入れて赤くなるまで高温で焼き、釜肌をしめる技法である「焼抜」や、釜の羽を敢えて打ち落とし、古びた味わいを出す羽落ちを一番最初に考案したのも辻与次郎だったと言われています。

  • 阿弥陀堂釜について

    阿弥陀堂釜は繰口で肩を少々角ばらせた尻張形の釜で鬼面鐶付が肩にあるのが全体的な特徴です。釜肌を故意に付けながらもそれを感じさせない与次郎独自の技法が施されており、ところどころには石目のような荒れが表れています。この茶の湯釜の形状の一つともなっている阿弥陀堂釜は利休好みによって辻与次郎が作り始めたとされ、大中小とサイズがあります。与次郎の弟子をはじめ、京釜師による写しが江戸時代には数多く鋳造され、利休好みの釜の中では一番数が残っているとされています。

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