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鄭板橋掛軸

鄭板橋(ていはんきょう) 1693年-1765年


中国清時代の画家であり、書家としても有名な人物です。

興化市(中華人民共和国江蘇省泰州市に位置する県級市)出身です。
家は貧しく困窮を極めていましたが、幼い頃より私塾を開いていた父親から書画の手ほどきを受けていたそうです。

揚州にて書画を売りながら、科挙の受験勉強を続けていた鄭板橋は、1732年にかねてから念願の挙人に合格。
さらに1736年に進士の特別試験に猛勉強の末に合格して翰林院に入っています。

1742年に范県の知事として赴任し、1746年にい県の知事に転任。
鄭板橋は常に弱者の立場に立ち、清廉潔白を第一とした事でからその名声は全国に轟きました。

当時から鄭板橋の詩書画は有名になっており、赴任地では鄭板橋の書体が流行したと言われています。

1753年、い県一帯が大飢饉にみまわれ、鄭板橋は農民の救済に尽力しました。
しかしその行動が富豪や大官の反感をかってしまい、失職してしまいました。

そして、郷里の揚州へ戻り、友人の別荘のそばに擁緑園を構え、再び画を売って暮らしたそうです。
友人らとと詩書画を楽しみながら、余生を過ごしています。

1759年に、自らの書画の料金表を作り「大幅は6両、中幅は4両、小幅は2両」とし、大そうな評判を呼んでいます。
またその料金表には「支払いは現金がうれしい。うれしいから書画の出来もよくなる。」と書かれていたそうです。

当時の揚州は塩の集散地として商業が発展し栄えており、商品としての書画の需要が多かった様です。

鄭板橋は、晩年自身の画業を振り返った際に、「専ら蘭竹を描くこと五十余年他の物を描かず」と言ったと言われていて、 一年中花を咲かせる蘭と、常緑樹である竹を好んで描いています。

書の特徴は、ありきたりな表現を嫌い、斬新であった様です。
字の形も大小肥痩入り交じり、筆触の強弱や曲直が全て表現されています。

鄭板橋の書に影響を受けた人物は非常に多く、明治の三筆の一人「中林梧竹」「や富岡鉄斎」もその一人です。

そして、1765年享年73歳でその生涯を終えています。

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