【感染対策について】新型コロナウイルスへの対応をまとめたページを更新いたしました。詳しくはコチラよりご確認ください。

野口弥太郎の作品買取なら日晃堂におまかせください。
確かな鑑定力により野口弥太郎の作品であれば買取に自信がございます!

TOP

野口弥太郎作品買取

野口弥太郎の生涯

野口弥太郎(のぐちやたろう)は、主に昭和期に活躍した日本の洋画家。 川端画塾で絵を学び始めたのをきっかけに画家としての才能を開花させ、やがて数々の展覧会で受賞。また、紺綬褒章や勲三等瑞宝章など、日本文化の発展に貢献した人物のみに贈られる賞を授与されています。その栄えある功績が認められ、日本芸術院の会員にも抜擢されました。


そんな野口は1899年生まれ、東京都出身。 出生後は父の転勤の影響により、長崎や神戸、さらには韓国・仁川(ジンセン)など各地を転々とする生活を過ごします。そして1914年、神戸での生活が落ち着き始めた野口は関西学院中学部に入学。ここで絵画に触れ、同校を卒業した後、1921年に上京して川端画塾で本格的に絵を学び始めます。


しかし、それから間もなくして野口は川端画塾を辞め、独学で絵の勉強を進めていくことを決意します。 翌年、二科展で『女』で初入選を遂げた野口は、続く1923年の二科展でも3作品で入選。日本洋画界に彗星のごとく現れた期待の新人として話題を呼びます。 また、この活躍が当時の日本洋画界にフォーヴィスムを取り入れた洋画家・萬鉄五郎の目に止まったことで、よりいっそうの注目を集めることになりました。 このようにして名声を上げた野口は1927年、「一九三○協会」の会員に選ばれ、前田寛治や里見勝蔵たちとともに活躍していきます。


その後、1929年に渡仏した野口は、パリにあるグランド・ショミエール芸術学校に身を置き、画家としての腕をより磨いていきます。 その結果、1931年開催のサロン・ドートンヌ展に出品した『港のカフェー』がフランスの人々の心を掴み、さらにはフランス政府直々に当作品を買い取ってもらうという快挙を果たしました。 1933年、帰国してからも野口は独立美術協会の会員として『トレド風景』をはじめとする作品を出品。 また、一時は第二次世界大戦によって300点以上の作品を焼失するも、『オランダ坂』や『セビラの行列』といった名作を再び手がけていきます。 こうして画家人生において数々の功績を残してきた野口は1972年に紺綬褒章、1973年に芸術選奨文部大臣賞、さらには1975年に勲三等瑞宝章を授与され、その芸術的人生をたたえられています。


野口弥太郎の代表作と作風

野口の作風は、フランス洋画界の影響を強く受けたことからフォーヴィスム的要素が見られるという特徴があります。確かに力強い筆致、原色を用いた強烈な色合いはフォーヴィスム的ですが、同時に繊細な色彩も見られ、野口ならではの独特なタッチで仕上げられています。 また、彼の作品の多くは細部を切り捨てて描かれており、のびのびとした印象がある点もポイントです。

そんな野口は、風景画を中心に制作しています。 代表作であり、芸術選奨文部大臣賞を受賞作品でもある『那智の滝』もそのひとつ。 現実世界にはありえない青色の木々、そして轟々と音を立てて流れ落ちているかのような錯覚を感じさせるダイナミックな大滝が描かれた作品です。

ご売却をお考えの絵画がございましたら日晃堂にお任せください!

独自ルートによる販売経路を確立しておりますので、他店以上の高額買取が可能ですので、 他店での査定金額にご不満の方、売却される前に是非ご一報ください!

鑑定には経験豊富な古美術専門鑑定員のいる日晃堂にお任せ下さい。 価値ある資産を誠心誠意、正当に評価させて頂きます!

無料出張買取や、無料宅配買取も致しております。 何でもお気軽に電話・メールにて相談下さい。

買取方法 ~ご都合に合わせて選べる~

骨董品・食器を
価値に見合った価格でお買取

作家名や詳細が不明な骨董品、食器でも
お気軽に電話・メールでご相談ください。

初めてのお客様買取10%アップ