【感染対策について】
新型コロナウイルスへの対応をまとめたページを更新いたしました。詳しくはコチラよりご確認ください。

藤島武二の作品買取なら日晃堂におまかせください。
確かな鑑定力により藤島武二の作品であれば買取に自信がございます!

TOP

藤島武二作品買取

藤島武二の生涯

藤島武二(ふじしまたけじ)は、明治の末から昭和にかけて日本の洋画界を支え続けてきた人物。 画家として数多くの名作を手がける一方で、人生の半分以上を東京美術学校の教授として過ごしており、次世代を担う後進の育成に尽力しました。


そんな藤島は1867年10月、現在の鹿児島市池之上町に生まれます。 幼い頃から絵画に興味を持ちましたが、当初は東京美術学校教授であり川端画学校の創始者でもある川端玉章から日本画を学びます。 その間、日本美術協会が開催する展覧会に出品し、受賞しています。


しかし24歳になると日本画から離れ、曽山幸彦や松岡寿に師事しつつ洋画家への道を歩み始めます。 1891年に開催された明治美術会の展覧会で『無惨』を出品したことを皮切りに、優れた功績を上げていきます。そんな藤島の腕を見込んだのは、“近代絵画の父”黒田清輝でした。 1896年、黒田は彼を東京美術学校の助教授に推薦。これを機に、藤島は画家を志す若者たちを育成する指導者としても活躍していくことになります。


一方、黒田主催の美術団体「白馬会」に参加したり、文展や帝展に作品を出品したりと、画家としての活動も変わらず続けていきます。 1901年には、与謝野鉄幹とその妻・晶子が刊行する雑誌「明星」や、晶子の歌集『みだれ髪』の表紙絵なども手がけています。その際、ヨーロッパで流行していた“アール・ヌーヴォー”の技法を取り入れていることが一躍話題となりました。このような画家としての功績、そして指導者としての功績が称えられ、1937年には初の文化勲章受賞者のひとりに選ばれています。 こうして人生の大半を日本洋画界に捧げた藤島でしたが、1943年、脳溢血によってこの世を去ります。


藤島武二の代表作と作風

藤島の作品の多くは、ロマン主義に基づいた作風で描かれています。 ロマン主義とは、19世紀前半にヨーロッパで浸透していた芸術上の思想のこと。それまでの古典主義と対をなす考え方であり、個性や感受性を重視した自由な表現を尊重します。

また、女性像を多く描いているのも特徴として挙げられます。 なかでも『黒扇』(1908年)は藤島を代表する作品のひとつ。純白の美しいベールに包まれた女性と、その手に持つ漆黒の扇のコントラストが美しい作品です。 また、それまで繊細な筆遣いを見せていた藤島にしては珍しく、荒々しさが目立つ作品としても注目されました。現在は重要文化財にも指定されており、美術の教科書に掲載されることも少なくありません。

ご売却をお考えの絵画がございましたら日晃堂にお任せください!

独自ルートによる販売経路を確立しておりますので、他店以上の高額買取が可能ですので、 他店での査定金額にご不満の方、売却される前に是非ご一報ください!

鑑定には経験豊富な古美術専門鑑定員のいる日晃堂にお任せ下さい。 価値ある資産を誠心誠意、正当に評価させて頂きます!

無料出張買取や、無料宅配買取も致しております。 何でもお気軽に電話・メールにて相談下さい。

買取方法 ~ご都合に合わせて選べる~

骨董品・食器を
価値に見合った価格でお買取

作家名や詳細が不明な骨董品、食器でも
お気軽に電話・メールでご相談ください。

初めてのお客様買取10%アップ

※初めての方限定買取価格10%UPキャンペーンを見ましたと
お問い合わせ時にお伝えください。